第二期「情況」バックナンバー

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1990

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【7月】壁なき世界の思想を問う

廣松渉○“壁”崩壊後の歴史的課題状況
今村仁司○二つの89年の意味を問う
伊藤誠+岩田昌征○デザイン主義を超えて
三島憲一○「革命」メタファーからの訣別
山田鋭夫○レギュラシオン理論の地平と進路
小倉利丸○差異と記号の時代の存立構造
柄谷行人○「歴史の完結」とその脱構築
江原由美子○ラディカルフェミニズムの「再興」
山田登世子○ファッションとファッショの間
竹田青嗣○ラディカルな思想とは
最首悟○「漂私」の思想
清水多吉○戦後史のなかの「啓蒙の弁証法」

【8月】ジャパン−−この怪奇なる社会システム

姜尚中○バイゲモニー論の陥穽
浅井基文○構造協議はごまかしだ
塩川喜信○工業優先社会を批判する
長岡克行○ビジネス化時代の到来
海老塚明○日本型“資本主義”とレギュラシオン
平田清明+佐和隆光○国境を超える時代とエスニシティの復権
柏木博○文化度「ゼロ」の社会
高橋洋児○二二世紀の世界像
市田良彦○FACTUM est FACTUMの意味を問う−廣松渉への挑戦状
石塚良次○市場システムと物象化
A・デミロビッチ○レギュラシオンにおけるヘゲモニー概念
W・エングラー○学問の生産

【9月】革命−−それがエコロジーだ

河宮信郎○危機に立つ地球と市場システム
須藤修○迫られる「技術」の転換
F・ヴォルフ○革命は今−−三つの省察
村井吉敬○破壊と貧困と「援助」
宇井純○島が溶けて流れる
吉岡斉○岐路に立つ核燃リサイクル政策
佐伯昌和○脱原発−−それは歴史の流れだ
大野和興○土を殺す循環−−「農」の再生に向けて
岡本雅美○水をめぐる幻想の迷走
立松和平+最首悟○「破壊」に耳することの意味
最首悟○ありのままの自然、そんなものはありません
森毅○未来は健康のはずがない
明峰哲夫○差別とテクノロジーの都市
柴谷篤弘○構造主義生物学とエコロジー

【10月】〈近代〉空間と権力のメカニズム

星野智○「新しい政治」の形態とシステムへの挑戦
丸山圭三郎○言語空間と権力−−ソシュールとニーチェを超えて
蓮實重彦○〈不快〉からの闘争
本田和子○「こども」と権力
川村邦光○近代空間と座敷牢の民俗
高橋順一○「身体−権力』と『意味−権力
大庭健+小林敏明+鷲田清○他者・主体・権力
内田隆三○ゲームの領域と資本主義の現在
長岡克行○企業とミクロポリティクス
磯谷明徳○アメリカ・ラディカル政治経済学の地平

【11月】イラク攻略!?−イスラム世界の求めるもの

三木亘○イスラムから見た中東危機
冨岡倍雄○フセインと二〇世紀的国際秩序の解体
立山良司○湾岸危機とパレスチナ解放
酒井啓子○イラクにおけるバース党−汎アラブ主義とナショナリズム
河宮信朗○石油資源問題としてのイラク・クウェート戦争
山崎カヲル○革命の〈終焉〉と社会的なるものの回復
岩井克人+高橋順一○イデオロギーとしての資本主義と正統性の危機
港道隆○言語に浸透する権力−R・バルトの「講義」(上)
S・ルークス○権力と責任
大越愛子○フェミニズムはその分離主義を超えられるか
倉岡明子+山邨伸貴+最首悟○風景がガーンと削られる
長岡克行○適応の隘路
降旗節雄○「脱工業化社会」の虚妄性

【12月】開かれた天皇!?

多木浩二○共犯の政治学
網野善彦○「天皇」と「日本」
米谷匡史○象徴天皇制の思想史的考察
浅見克彦○循環する無根拠性のメカニズム
浅田光輝○象徴天皇制再考
天野恵一○グロテスクな詭弁の完成
小倉利丸○文化的抑圧装置としての象徴天皇制
菅孝行○西部邁を批判する
源淳子○なぜ今、「日本主義」なのか
藤田進○難民キャンプから見たイラク包囲戦争
バカル・アブデル・モネム○湾岸戦争とPLO
いいだもも○明日は闘いだ!−−ロシア革命終焉後の世界史的地平

1991

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【1月】「派兵」策動−−その意味するもの

小田実○「加害者』としての『平和協力」
藤島宇内○米国の一極覇権と自衛隊派兵
山内敏弘○憲法・派兵と自衛隊
北村泰三○PKOと日本の立場
福家洋介○人質にならなかったアジア人
久野収○市民と遊民の思想
市田良彦○リベラリズムの再帰
カガルリツキー○左翼のオールタナティブを求めて・亡霊の去った後に
伊田久美子○資本主義批判としてのフェミニズム
伊藤公雄○資本主義と男性支配
小林敏明○負い目−あるいは権力意識の発生
港道隆○言語に浸透する権力(下)

【2月】ロシア革命−−その歴史的意味とペレストロイカ

廣松渉+藤本和貴夫○ロシア革命とは何だったのか
梶川伸一○農民叛乱とボルシェヴィキ
長尾久○ソ連解体−−民族の革命1917−1990
菊地昌典○ロシア革命の功罪を問う
加々美光行○解放の逆説としての暴力性
石塚省二○宗教的エートスと「東欧革命」
竹野伸博○ハンガリー1990
湯川順夫○東欧における新左翼
藤井一行○トロツキー−ソ連における二つの評価
片桐薫○グラムシとトロツキー
塩川喜信○トロツキーの大戦間資本主義把握
真木健○ペレストロイカと十月革命物語

【3月】揺らぐ国境と湾岸戦争

武藤一羊○越境する参加民主主義
藤田進○戦争を止めさせろ!
板垣雄三○崩壊する中東諸国体制
鈴木祐司・冨岡倍雄○ブッシュ政権と中東の戦争
阿部政雄○日本にとってアラブとは
渡辺英俊○仲間じゃないか、外国人労働者
浜田昭雄○これが差別と抑圧だ!
木前利秋○移民労働者考
梶田孝道○自由な空間と新たな境界
岡部一明○外国人と奴隷制
鳴瀬成洋○基軸国衰退下の世界経済
廣松渉○現象学とマルクス主義

【4月】ブッシュの蛮行

姜尚中○愚考の湾岸戦争、日本の選択
粉川哲夫○メディアと戦争
生方淳子○引き裂かれたパリ
中村隆一○二十万のデモ
M・イェーガー○消えないヒトラーの影−−エンツェンスベルガーとドイツ知識人
新崎盛暉○沖縄とアメリカの戦争
鄭暎恵○民族と人権と新しい時代
白川真澄○オルタナティブ−−政治の再生と地域の闘争
山田清彦○脱原発と青森県知事選挙
山田國廣○リゾート・ゴルフ場の政治経済学を批判する
村尾行一○森林と人間
伊田久美子○フェミニズム80−90
瀬地山角○女性階級論批判
リピエッツ+小倉利丸○レギュラシオンと労働力の再生産

【5月】ソヴィエトの崩壊と統一ドイツ

姜尚中+下斗米伸夫+伊藤誠○燃えるエスニシティと米ソ体制
岡田裕之○ソヴィエト型生産様式とその解体
毛利嘉隆○ペレストロイカの美術と「ロシア的なもの」
住沢博紀○「大国ドイツ」の虚像と実像
ユルゲン・コッカ○歴史としての連邦共和国
ラフォンテーヌ○統一と共和制の伝統
ヘルムート・ドゥビエル○左翼による悲哀の作業
イェンス・ライヒ○選挙後の市民運動と緑の党
芦沢宏生○「ドイツ統一」−−消す論理と消される論理
石塚良次○社会主義の再生と市場経済の幻影
荻原魚雷○百姓の反GATT運動
吉岡斉○「核戦略」と核燃リサイクル
星野智○世界システムと間国家システム

【6月】大学−−その変貌と知の可能性[品切]

粉川哲夫○スペース変革の政治学
村上陽一郎○マシーンとしての「研究」
黒沢惟昭○大学の変貌と近・未来像
水田洋○大学−−矛盾に満ちた悲喜劇の歴史
高橋順一○大学に絶望せよ
牧野剛○大学を打ち破れ
最首悟○新象牙の塔論
森毅○女子大生興国論
椹木野衣○大学をめぐってその程度の自由
河宮信郎○デマゴギー的研究と大学の衰退
宇井純○環境問題−−知はどう応えるか
川村邦光○「若者」の解体と近代化
菅孝行○マルクス主義とアカデミズム
学生座談会○教授よ!もっとマトモに生きてみろ
浅田光輝○ニューレフトその後

【7/8月】ポストモダン−−前衛なき戦争

山崎カヲル○ポストモダンとマルクス主義
小倉利丸○身体的搾取の現代的構図
大庭健+野家啓一+永井均○「他者」と「物語」
松葉祥一○リオタール批判序説
岩崎稔○解釈学のポリティクス
メギル○究極の予言者たち
ヴァッティモ○主体の向こう側へ
ハウク○美的なものの弁証法
清水多吉○引き裂かれた「啓蒙の弁証法」
八束はじめ○前衛の終焉とポストモダン
田崎英明○主体の非力さについて
田中聡志○都市を書くレッスン
天野恵一○ノンセクトという党派性
太田昌國○私にとっての北方諸島問題
菅孝行○制度としての劇場を超えて

【9月】マルクスという可能性

阪上孝○マルクスとフランスの謎
木前利秋○啓蒙と批判の審級
服部文男○「同盟」以前のこと
廣松渉○マルクスの社会主義論(上)
片桐薫○グラムシにおけるマルクス主義
伊藤成彦○ローザ・ルクセンブルクとマルクス主義
田畑稔○マルクス唯物論の二重構造
石井伸夫○マルクス意識論の射程
ジャック・デリダ○アルチュセール追悼
松葉祥一○デリダとアルチュセール
伊藤公雄○「鉛の時代」を超えて
榎原均○根源的他者と価値形態論
小阪修平○マルクス主義の言説作用
足立真理子○多様なるものを求めて−マルキスト・フェミニズムの実践(上)
清水耕一○マルクス主義とレギュラシオン・アプローチ

【10月】アメリカン・イリュージョン−−崩壊する劇場装置

姜尚中○アメリカは甦るか
川本隆史○アメリカン・ジャスティスの論理学
降旗節雄○歴史としてのアメリカ帝国
藤井治夫○アメリカ軍事戦略の現在
神田浩史○アメリカ合州国の援助戦略と日本
星野芳郎○ハイテク戦争と先端技術の陥穽
柏木博+椹木野衣○内破するユートピア−−消費の王国から電子的革命へ
上*千晶○フェミニズム−−論争とその地平
ガイ・ヤスコォ○好戦的リベラルと抵抗するラディカル
大野和興○イデオロギーとしての家族農場
岡部一明○少数民族の抵抗と現在
大川秀二○消費者・住民運動と訴訟制度
座談会○反戦運動の新たな課題−湾岸・PKO・社会党
足立真理子○多様なるものを求めて(下)
いいだもも○北方の喚起力−−アイヌは生きている

【11月】「労働」のデコンストラクション

ネークト○「労働」の未来とアイデンティティー
小倉利丸○メディア時代における労働
石塚良次○間主観性と投下労働量
足立真理子○フェミニストにとって「労働」とは何か
長原豊○社会的交換とその文体の構造
伊田広行○カップル単位からシングル単位へ
田崎英明○夜と夢の労働者たち
ハーバーマス○ヨーロッパの再興とロシアマルクス主義の崩壊
水田珠枝○ラディカル・フェミニズムはマルクス主義フェミニズムを乗り越えるか
降旗節雄○歴史としてのアメリカ帝国(下)
山本耕一○〈世界観〉・イデオロギー・権力

【12月】「廃墟」からのマルクス[品切]

アルチュセール○哲学とマルクス主義
デミロヴィッチ○フーコーとフランクフルト学派
小阪修平○マルクス主義と真理の権力
榎原均○価値形態・貨幣・社会主義
黒沢惟昭○グラムシと現代思想
田畑稔○マルクス「唯物論」のルーツを探る
林真左事○義人同盟の「民主的改組」とマルクス
村上俊介○マルクスと「真正社会主義」
田口富久治○史的唯物論の現代的批判
廣松渉○マルクスの社会主義論
纐纈厚○PKO法案に見る危険な国家再編構想
北村泰三○国連中心主義の虚構性

1992

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【1/2月】ナショナリズム[品切]

田川建三○普遍主義としてのキリスト教とナショナリズム
星野智○世界システムとナショナリズム
上条勇○マルクス主義と民族問題
コーネル・ウェスト○マルクス主義とアフロ・アメリカン・プロブレム
鵜飼哲○フランスとその亡霊たち
中村隆一○「大国ドイツ」の熱い秋
長尾久○ソ連革命とナショナリズム
加々美光行○中国における民族問題
北澤憲昭○ネーションの形成と「日本画」
上村英明○アイヌ民族とナショナリズム
いいだもも○「近代の超克」と「国家理由の問題」
鄭暎惠○「ポスト・モダン」国家はナショナリズムから自由でありうるか?
大島克介○高まるフィリピンの「反日感情」
足立真理子○家事労働論争・以降

【3月】ソ連邦消滅! いかにうけとめるべきか

藤本和貴夫○独立国家共同体と軍
サミール・アミン○ソ連体制批判三十年(一九六〇−一九九〇)の総括
水谷驍○定まらない新しい政治構造−−共産党政権崩壊三年後のポーランド
榎原均○文化としての国家の重み
緊急アンケート○ソ連消滅と共産党解散の意味するもの
金森修○M・フーコー−−近代と〈危険人物〉
上野俊哉○エイリアンの政治学
栗木安延○PKO法案の労働運動
越智和弘○ハイジャックの中の実存
ハウク+ハウザー+姫岡とし子○社会主義とフェミニズム

【4月】「前衛」以降の〈前衛〉−−ポスト・アヴァンギャルド・パラダイム

鷲田清一○哲学に《アヴァンギャルド》は存在するか?
田崎英明○記憶と忘却のあいだで
片桐薫○グラムシにおける未来社会への弁証法
浅田光輝+塩見孝也○「七〇年左翼」の限界を超えて
廣松渉+山川暁夫○ソ連共産党崩壊後の前衛党論(上)
藤井雅実○ハイパー・アヴァンギャルド−−前衛の超循環と反美学
上野俊哉○パンク・シチュアシオニスト!
青木淳○「建築」のアクチュアリティー
風間賢二○ゾンビとしての〈前衛〉−−ポストモダン小説
内野儀○形而上学の演劇へ
秋田昌美○夫婦の技術−−性のテクノロジー管理と夫婦論の戦後
大庭健○川本隆史氏の批判に応えて−−アメリカン・ジャスティスの水腫肥大症
米谷匡史○倫理学的物象化論は可能か
大澤正道○三自我人虚無問答

【5月】PKOと日本のアジア侵略

吉川勇一+最首悟+牧野剛○PKO法案粉砕への思想と行動
藤尾靖之○俺達は侵略の銃をとらない
神田浩史○ODAに見る「国際貢献」
清水俊弘○NGOからの報告
内海愛子+臼杵敬子+天野恵一○「軍隊慰安婦」「B・C級戦犯」と戦後保障
花崎皋平○フェミニズムと軍隊
大隈義人○ハイテク軍隊の自己崩壊−−湾岸戦争の検証
廣松渉+山川暁夫+林真左事○ソ連共産党崩壊後の前衛党論(下)
長原豊○ポランニーとマルクス−−希少性の案分と社会的制度
池田五律○戦争を隠し、国家意識を植えつけるマスメディア
菅孝行○「機能」としての「前衛」−−民主集中から自治と越境へ

【6月】フェミニズム−−重層的支配構造を撃つ[品切]

江原由美子○「新しい社会理論」としてのフェミニズム試論@
大越愛子○フェミニズムは問われている−−従軍慰安婦問題と日本的性風土
伊田久美子○論争から寛容へ−−多様なフェミニズムを求めて
望月佳重子○一フェミニスト文学者の予言−−女は女を信じ愛するすべを知る
本田和子○古い器に注がれたもの−−『おもひでぽろぽろ』の場合
織田元子○フェミニストは本当に論争したのか?
大沢真理○変革の中の女たち
フリッガ・ハウク○男子の遊びと人類の労働
ピエール・ブルデュー=伊藤公雄+西山哲郎○男性支配(上)
足立真理子○《再生産》の地平−−フェミニストクリティークの可能性を求めて−−性分業と労働概念B
棚沢直子○クリステヴァの「母」は変わった!?
長原豊○ポランニーとマルクス−−希少性の案分と社会制度A
天野恵一ほか○反戦運動の新たなうねりを!
長谷ゆり子○国会に持ち込んだのはベレー帽だけじゃない
池田五律○PKOと明石、フン・セン発言

【7/8月】世界は破滅する!?

田川建三○自然世界と終末論
澤野雅樹○終末にいたる神話−−危機と死をめぐる
小谷真理○言語宇宙のゴーレム−−グリーンSFとエコフェミニズムSFの現在
横浜康継○地球生態系の中の人類
池田清彦○エイズと国家装置
宮嶋信夫○地球温暖化と大量生産・大量消費−−現代資本主義の構造的矛盾
根本順吉○地球環境問題の新たなる危機
西尾漠○破滅を準備する原子力システム
戸田清○人口・生命管理の思想を問う
塩川喜信○飢える「南」と飽食の「北」−−フォード主義型経済と農業問題
宇根豊○減薬運動はしくみの何を変えるのか?−−百姓の主体性に焦点をあてて
丹羽勝○バイオテクノロジーの危険性
河宮信郎○破滅へと暴走する市場経済システム−−地球サミットへの幻想を断て
ピエール・ブルデュー=伊藤公雄+大前敦也○男性支配(中)
アルチュセール=山崎カヲル○哲学とマルクス主義
池田五律○小沢調査会と積極護憲
佐伯隆幸○不定形なるものを越えて現象させよ
岡井友穂○絵画と写真の境界線をたどる
荻原魚雷○カンボジア現地レポート

【9月】日本のナショナリズムと超近代

高橋順一○特集に向けて
廣松渉+清水太郎○西欧近代主義批判の逆説――西田哲学の「場所」の論理
米谷匡史○和辻倫理学と十五年戦争期の日本――「近代の超克」の一局面
宮田登○民俗神道のカミ・タマについて
鈴木正○近代を超えてどこへゆく
笠井潔○日本の二〇世紀精神
田辺玲子○近代「日本の母」――「夢の島」の解体にむけて
浅見克彦+小倉利丸○「左翼知識人」の行方
鷲田小弥太○現代日本知識人批判
大野和興○巨大な胃袋ニッポン――アジアからみた日本・農と食の視点から
姜尚中○朝鮮半島からみた「新大東亜共栄圏」
矢吹一人○僕たちの作った”異常空間”――PKO国会前闘争から派兵阻止へ
柄谷行人○過程としての共産主義
江原由美子○新しい社会理論としてのフェミニズムA
池田五律○PKO協力法の成立とPKO施設沖縄設置構想
荻原魚雷○鶴見俊輔インタビュー
松井憲太郎○劇場の公共シーン
川崎哲○街はまだ平和か?

【10/11月】フェミニズムと新しい社会理論[品切]

高橋順一○特集に向けて
上野千鶴子+花崎皋平○マイノリティの思想としてのフェミニズム
江原由美子+廣松渉○家父長制と「分業の廃止」
清水多吉○マルクスかニーチェか
青木孝平○「資本家のいない資本主義」の所有論
大野和興○巨大な胃袋ニッポン――アジアからみた日本・農と食の視点から
長原豊○ポランニーとマルクス−稀少性の案分と社会制度[三]
P・ブルデュー=伊藤公雄○男性支配[中−二]
池田五律○国連の変質と日本
菅孝行○分業の演劇とヒューマニズムイデオロギー

【12月】アジア−−諸民族と日米対立

桜井由躬雄○二十世紀の東南アジア
鷲見一夫○ODA――開発プロジェクトの論理と構造
降旗節雄○日米「複合不況」とアジア経済
多和田裕司○マレー・エスニシズムの……マレーシアにおける新たな「国家像」の可能性
植田武智○輸出される「開発の裏側」−−カラバルソン地域総合開発計画
アーマド・ルスラン○「新秩序」政権と日本の進出の実態
斎藤あや○ナルマダ開発と住民――この夏のインド現地訪問から
酒井直樹○文化的差異の分析論と日本という内部性
姜尚中○日本的オリエンタリズムの過去と現在
デミロビッチ○ポストモダン論批判――自由もしくは政治的なものの脱構築
高橋順一○理性と権力――フランクフルト学派の問題意識の流れ
長原豊○ポランニーとマルクス――稀少性の案分と社会制度[四]
池田五律○自衛隊カンボジア派兵と反戦運動

1993

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【1/2月】宗教−−崩壊する世界と神

田川建三○阿片を必要とする社会(宗教の生命力と現代)
村上陽一郎○科学のパラダイムと宗教のパラダイム
高尾利数○ソシュール言語学と旧約聖書(上)
田中雅一○儀礼的暴力の変容――供犠からジェノサイドへの道程
中島ひかる○原理主義の現れを規定するもの――G・ケペル『宗教の復讐』に即して
川村邦光○日本ナショナリズムの発掘――死者の“近代”をめぐる省察
桜井洋○言葉の現在と聖性の所在――革命の言語と詩的言語の変容
山本耕一○自己増殖する資本と現代日本の宗教
浅見克彦○スター崇拝は現代の宗教的病理か?――千のファン・カルチャーの可能性
高橋啓介○神なき世界と原理なき個人幻想
中村雄二郎+高橋順一○宗教とポストモダン
P・ブルデュー=伊藤公雄+大前敦也訳○男性支配[中−3]

【3月】変貌する世界構造−−現代資本主義はどこへ行く

星野智○世界システムの構造変動
岩田弘○欧州の市場再編とアジアの台頭−−それは世界資本主義の新段階の開幕を意味するか
本山美彦○ミドルの受難−−世界経済の構造変化との関連で
佐藤幸男○冷戦後の第三世界はどこへいくのか?
高橋洋児○世界情勢の諸断面
桐谷仁○先進国におけるコーポラティズムの変容
内田弘○日本資本主義の〈洗練〉
佐々木寛司○日本資本主義の特殊性
坪郷實○もう一つのEC統合を考える
柴田武男○アメリカにおける金融制度の危機と再生
ピエール・ブルデュー=伊藤公雄+大前敦也○男性支配(最終回)
江原由美子○「新しい社会理論」としてのフェミニズム試論B
池田五律○憲法九条をすり抜ける戦争容認論を撃つ
田崎英明○「これは差別ではない」−−差別者の戦略

【4月】都市−−空間の政治学

粉川哲夫+小倉利丸○アクティビストの都市戦略――パブリック・アクセスの回路
大澤真幸○社会の射影としての都市――バロック・グリッド型から現代都市へ
若林幹夫○〈都市〉〈社会〉の現象学――都市にとっての「野性」
本間邦雄○散乱する都市――ルイス・マンフォード都市論のパースペクティブ
三木亘○人びとの出会い、それが都市であった――都市発祥の地・オリエントの歴史は語る
鷲田清一○都市の神経、都市の体液
丹野清秋○都市を解体せよ
新谷雅樹○経済と好色――唐と長安における遊里の意味
柏木博○プロジェクトを持たないがゆえに挫折しない都市
鈴木貢○寺山修司とベンヤミン

【5月】思想としてのナチズム

笠井潔○黙示録的哲学の運命
安世舟○ナチズムとヘルマン・ヘラーの悲劇
長尾龍一○カール・シュミットとドイツ
細川亮一○「詩人−思惟者−国家創造者」の三位一体
中村隆一○ネオナチと新右翼の「思想」
忽那敬三○普遍主義的全体性の回路
高橋順一○偉大と卑小
小阪修平○ハイデガーの語法あるいはハイデガーにとって「世界」はどのようなものか
吉見俊哉○祭の中の国民国家
長原豊○ポランニーとマルクス(最終回)
西島栄○マルコムXの復活と歪曲
織田元子○プリンセス・マサコ「物語」はどう読まれたか
池田五律○平和基本法への疑問
西堂行人○「二国」をめぐる諸問題

【6月】岐路に立つ大学

高橋順一○混迷の大学改革論議を読みとく
後藤総一郎○戦後思想史と大学
黒沢惟昭○市民社会の創造と大学改革
小林純○「職業としての学問」によせて
石塚省二○大学への社会哲学的考察
清水多吉+姜尚中○大学改革の虚構
本間長世+仲村正実+住沢博紀○欧米の大学と日本の大学
最首悟○「教養」のゆくえ
本田和子○異文化性の復権
桜井洋○大学改革と現代学生気質
高橋啓介○ティーチング・アシスタント制度は、本当に大学院生の処遇を改善するか?
ビディ・マーティン+金井淑子○レズビアン・フェミニズムとフーコー理論
田邊玲子○女性史研究と母性という戦略
尹春志○NIES化現象の政治経済力学を考える
西堂行人○ハイナー・ミュラー○矛盾を生きる
伊藤公雄○論壇
鈴木貢○カルチャー&ポリティクス
清水善三○ムーブメント・ポイント
田崎英明○思考の線分

【7月】メディアと権力

粉川哲夫○トランスミッション――場・アクセス・共振
吉見俊哉○メディアの中の祝祭――メディア・イベント研究のために
若林幹夫○メディアと社会変容――万里の長城とニュー・メディア
水越伸○メディア論の混沌――社会情報媒体論のための覚書
浜日出夫○マクルーハンの銀河系
遠藤薫○Quo Vadis(何処へ)――コンピュータと社会システム
下野正俊○コンピュータによるリテラシーの変容と社会――D・ボルター論
浅見克彦○文化的搾取装置としてのメディア
小倉利丸○パラマーケット論とマルクス主義経済学の諸問題
降旗節雄○高度情報社会とマルクス主義
江原由美子○「新しい社会理論」としてのフェミニズム試論D
榎原均○『ラジカリズムの復興』を批判する――共同体と新しい政治
田崎英明○思考の線分
姜尚中○論壇
木本茂夫○ムーブメント・ポイント
鈴木貢/菅孝行○カルチャー&ポリティクス

【8/9月】その後のロシア、その後の社会主義

和田春樹+廣松渉○ロシア革命以降の世界とマルクス主義
藤本和貴夫○混迷するロシアのゆくえ
山内昌之○ソ連解体後のロシアと中央アジア
ヤツェク・クーロン=水谷驍○ポーランドと「社会的公正の神話」
加々美光行○民族と国家――ヨーロッパ、アジアそして中国
文京洙○現代のアポリア・北朝鮮――「朝鮮式社会主義」の形成と展開
鷲田小彌太○社会主義は死滅することによって再生する
武家利一○[戦場からの緊急報告]ユーゴスラビア内戦とマスメディア
吉本隆明○物語性の中のメタファー――短歌からみる寺山修司の思想
荒岱介○マルクス・ラジカリズムはかく考える
砂川裕一○法的世界の物象化論的基礎を問う
三上勝生○スタイルと哲学――ウィトゲンシュタインの場合
纐纈厚○衆院解散――総選挙と政党再編の意味するもの
石塚良次○拡散するマルクス経済学派――『経済評論』の休刊によせて
田崎英明○思考の線分
鈴木貢○廃墟、迷宮、異界W――寺山修司とウォーホル

【10月】貨幣論――価値と共同体

岩井克人+間宮陽介○貨幣――循環する論理と形而上学
吉田憲夫○「価値形態論」の地平――岩井克人『貨幣論』への疑問
大庭健○「共同体」の果てと内部――システム・メディアとしての言語と貨幣の特異性
大澤真幸○貨幣における他者性
長原豊○一撃の残余=抵抗
八木紀一郎○貨幣と時間
伯井泰彦○中世前期のデナリウス銀貨をめぐって
カガルリツキー=佐久間邦夫○新連邦制擁護の小さなマニフェスト―共産主義にかわる新しい妖怪―国民国家
本山美彦○賭に近い最近の通信機事業
降旗節雄○成田シンポジウムを批判する――空港廃絶闘争の現局面
仁井田蘭○東ティモール独立運動のリーダー、シャナナ・グスマォン司令官の裁判で語られなかったこと
尾崎秀樹○ゾルゲ事件と伊藤律――『偽りの烙印』に答える
田崎英明○思考の線分

【11月】アルチュセールと現代思想[品切]

阪上孝○アルチュセールを読む
宇波彰○ルイ・アルチュセール論
柳内隆○現代哲学の中のアルチュセール
宇城輝人○アルチュセールの認識と実践
伊藤公雄○グラムシなんて知らないよ
鶴見俊輔○改憲論を排す――条文と約束
赤城護○「マルクス・ラジカリズム」はかく教え給う
表三郎○フレッド・ジェイムソン――文化の徴候的読解としてのマルクス主義(上)
本山美彦○新・新国際経済秩序と企業の選択
丸山圭三郎○シンボル―シグナル―疑似シグナル
高尾利数/前田英樹○丸山圭三郎氏の死を悼む
砂川裕一○「日本事情論」への一視覚――物象化論的編制と語用論的諸条件に即して
上条勇○民族問題の歴史的視座
後房雄○左翼は小沢一郎に対抗しうるか
江原由美子○「新しい社会理論」としてのフェミニズム試論D

【12月】左派「新党」は可能か?

岩井章○二大保守政党への流れを止めよ!――「新党」の旗揚げを宣言する
武藤一羊○「新ラディカル主義」の歴史と未来
鎌倉孝夫○「五五年体制」崩壊の経済過程と現局面
山川暁夫○政界の動乱と社会党の解体――「五五年体制」崩壊の位相とその歴史的意義
いいだもも○〈戦後・後へ〉を問うている小選挙区制国会の攻防
菅孝行○迷走する身体性――〈コペルニクス的転回〉からの苦渋の軌跡について
鈴木一策○アルチュセールの家出が物語るもの
山本哲士○フーコーとアルチュセール
田崎英明○母の諾――アルチュセールとフェミニズム
高橋順一○構造と認識――アルチュセールのために
藤田進○和平調印後のパレスチナ
本山美彦○倫理なき資本主義の謎―中国の経済発展をどう見るか
赤城護○「マルクス・ラジカリズム」はかく教え給う
渡部富哉○尾崎秀樹氏に問う――「ゾルゲ事件と伊藤律」について
加藤登紀子○東大駒場寮の「廃寮」反対を訴え、駒場でコンサートを開く
桜井洋○背理の誘惑

1994

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【1月】丸山圭三郎――カオスモスの哲学[品切]

宇波彰○関係性の思想と生の円環構造
港道隆○生の言分り(ことわり)
高尾利数○〈死のトポロジー〉への誘い
稲賀繁美○ソシュール・精神分析そしてニーチェ的転換
山本哲士○丸山圭三郎と言語理論の〈非在〉の場
岩田昌征○民族と宗教の悲劇
粉川哲夫+天野恵一○銃弾の中の“皇室バッシング”
本山美彦○環境と貿易
E・バリバール=鵜飼哲○レーニン1914-1916
尹春志○トウマン江地域開発計画
桜井洋○『ファブリカ』と『モナリザ』

【2月】全共闘――叛乱から二十五年[品切]

最首悟○霧のなかの叛乱
笠井潔○YMOの赤い人民服
糸圭秀実○二重の闘争
竹田青嗣○思想としての八〇年代
榎原均○社会革命と無意識――第二次ブントと七〇年代
野崎六助○ポストモダンから翼賛へ
鈴木貢○カウンター・カルチャーの変貌――澁澤龍彦と寺山修司
柚岡正禎○新左翼の危機と左翼の危機
清水多吉○フランクフルト学派とともに
岩田弘○叛乱型運動の普遍性と二十一世紀
今井澄○全共闘運動の精神
山本義隆+海老坂武○近代合理主義を告発する
秋田明大+福田善之○学生叛乱から総叛乱へ――日大闘争は訴える
秋山駿○廃墟――それがはじまりである
本山美彦○NAFTA反対運動の論拠
表三郎○F・ジェイムソン「マルクスにおける唯物論的自己意識論の形成

【3/4月】戦後思想を読む

大庭健○自己意識とセルフ・オーナーシップ――梅本克己の∈カ仕ヒカ複をめぐって
浅見克彦○「分をわきまえた科学主義」と秘められたイデオロギー性――宇野弘蔵
長原豊○大塚久雄――〈価値の倒錯〉試論
平山朝治○丸山真男の脱冷戦思考――その批判的再評価
菅孝行○最下流からの睥睨――工作者谷川雁の逆説
高橋順一○吉本隆明と政治思想の現在――『「反核」異論』再読
小阪修平○平田清明――あるいは市民社会派マルクス主義について
榎原均○藤本進治――存在論的革命主義の脱構築
小森陽一○柄谷行人――生きることとしての書くこと
伊田久美子○上野千鶴子と〈対〉の思想
青木孝平○所有の倫理性と正統性――アラン・ライアン著『所有』を読む
本山美彦○生産基地の海外展開のつけ――繊維産業を事例として
桜井洋○部分の戦略

【5月】マルクスと共産主義

柄谷行人○不可知の“階級”と『ブリュメール一八日』――単独者としての共産主義者
鷲田小弥太○マルクスの共産主義は、何でないか――柄谷行人の一文に触発されて
吉田憲夫○マルクスの未来社会像
小倉利丸○商品――自明性の罠
有江大介○抹殺された呪物性論――価値形態論の歴史とルービンの復権
青木孝平○ポスト・マルクスという可能性――所有論争の再興のために
丹野清秋○『資本の文明史』としての生産力形成の論理――生産力の人間的考察のためのノート
浅井基文○アメリカの戦略転換と小沢「国連中心主義」の破綻
本山美彦○「日本的経営」神話の破綻−−生産の海外移転のつけ
桜井洋○映像的世界と記号的自己
安冨歩○国際市場と通貨価値格差
高橋信弘○IMF・世界銀行の構造調整融資
伴野文夫○EC通貨統合と「国家」の壁

【6月】大学と教育への異議申し立て

最首悟○さらば東大、25年後にみえてきたもの
牧野剛・保坂展人・黒沢惟昭・丹野清秋○大学だけでは変われない
表三郎○大学はどこへ行くのか――ある大学教授への手紙
酒井敏行○「共生」の思想と高等教育
青木裕司○われわれはこうやっている――予備校からのメッセージ
青木裕司○われわれはこうやっている――予備校からのメッセージ
鈴木亙○聖なる交感の場としての大学
江原由美子○女性学への招待
佐藤幸男○国際関係論とは何か――流転する世界はいま
須藤修○社会情報学とは何か?
宇井純○環境科学研究の現状
呉智英○大学を目指す青年に――君はロマンチックな妄想を拒否できるか
高橋武智○戦争体験の思想化と若き世代――わだつみ会の今日の座標
学生座談会○変貌する“学生”と大衆闘争の可能性
中山茂○テクノクラシー体制と大学
金森修○真理生産の法廷、戦場――そして劇場
好村富士彦○学問の全体性とアドルノ
長尾龍一○「和魂洋才」の実態――明治法学史の悲喜劇
桜井洋○自己の抽象化と記号的自己

【7月】差別分断支配の根源へ

マリアローザ・ダラ・コスタ○資本主義と再生産
クラウディア・フォン・ヴェールホフ○九〇年代における労働の主婦化
マリア・ミース○女性の労働と世界システム
大沢真理○日本型企業福祉をめぐって
伊藤るり○アジアと女性の国際労働移動
久場嬉子○地域社会と介護労働ネットワーク
花崎皋平/井田久美子/柴山恵美子○「女性と環境」の搾取と闘うために
大沢真理○「システムを内側から解体する」とは
伊藤るり○サブシステンスとその文脈化
久場嬉子○「日本こそ女性の“主婦化”に成功した国」という問題提起をめぐって
花崎皋平○セミナーに参加して
伊田久美子○「絶望的反抗」を運動へ
上野千鶴子○「構造的な暴力」と対決するために
金静美+*秀実○差別反対運動の歴史と日本イデオロギー
土方鉄○戦時下に表現の自由はあったか
竹国友康○韓国を語るということ−−新しい文体への試み
高尾利数○文化にとって差別は不可避か?
山端伸英○先住民蜂起のユートピア−−国内植民地とメキシコ(上)
吉田憲夫/山本耕一○追悼・廣松渉

【8/9月】ポスト全共闘と文学

蓮實重彦+最首悟○不在の共同体
笠井潔○〈想像力の暴力〉の政治象徴学――『万延元年のフットボール』論
菅孝行○北村透谷試論――箱庭に鎖錠されたラディカリズム
高澤秀次○ポスト全共闘と柄谷行人
*秀実+渡部直己○「詩的なもの」を越えて――差別と文学
山端伸英○先住民蜂起のユートピア−−国内植民地とメキシコ(下)
森末伸行○自由という迷路あるいは腐蝕の自由
山本学○最後のフーコーに向かって
片桐薫○グラムシと同質的追究者たち――ルカーチ・コルシュ・福本和夫
桜井洋○透過光のユートピア――現代建築の行方

【10月】二十世紀の“終焉”と思想の現在

柄谷行人+デミロビッチ○ファシズムとリプレゼンテーション
長谷川宏○ヘーゲルの思想と現代
岡田裕之○体制批判の思想と理論の再構築――社会主義世界体制崩壊の後に。知識人の責任
河野信子+松岡正剛+西宮紘+伊藤聖子○イリヤ・プリゴジンの宇宙物理学理論――複雑性の定式化をめぐって(上)
石塚良次○労働価値説はどのように批判されてはならないか
小林昌人○『エンゲルス論』覆刻に寄せて
西尾漠○初心者のための「核疑惑」入門
姜尚中○金日成死後の朝鮮半島
片桐薫○グラムシにおけるマルクス主義
桜井洋○ポストモダン以後のスタイル

【11月】廣松哲学――未完のプロジェクト[品切]

大森荘蔵○流れ続ける廣松さん
宇波彰○『存在と意味』論
鷲田小彌太○現代知識人の二類型―廣松渉と山口昌男
田畑稔○廣松渉――マルクスと哲学の間
黒沢惟昭○物象化論と教育の再審―実体から関係へ・そして関係の変革へ
大庭健○自己が-自分のもの-を持つ、ということ―物象化論による日常的意識形態の批判をめぐって
山本啓○モダンの超克のメタファー――廣松理論の夢の行方と〈関係の絶対性〉
平山朝治○駒場のなかの廣松先生
忽那敬三○廣松哲学の原初的風景
星野智○国家社会主義と「生態学的」社会主義――廣松渉の社会主議論をめぐって
牧野剛+翫雅敏○市民派新党への宣言――派兵反対とエコロジーのネットワークを!
山崎純○恐怖政治と宗教反動の時代を生きて――ベルリンにおけるヘーゲルとシュライアーマッハー(上)
鈴木正○忘れないで――岩田義道のこと
河野信子+松岡正剛+西宮紘+伊藤聖子○イリヤ・プリゴジンの宇宙物理学理論――複雑性の定式化をめぐって(下)
宮原安春○婆娑羅 第一回 堕天使ペトログラード
桜井洋○ポストモダン以後のスタイル[最終回]「ポストモダン以後」の風景

【12月】アジア主義の光と影――「大東亜」思想と侵略イデオロギー

酒井直樹○「東洋」の自立と大東亜共栄圏
纐纈厚○大陸侵略思想の構造と系譜
小熊英二○躓いた純血主義――優生学系勢力の民族政策論
坪内隆彦○アジア主義の現段階
菅孝行○検証・竹内好――見失われた希望としての歴史の再発見のために
中沢新一+山崎カヲル○唯物論の逆襲
長谷川宏○『精神現象学』覚書……「精神」の章の途上で
山崎純○恐怖政治と宗教反動の時代を生きて(下)――ベルリンにおけるヘーゲルとシュライアーマッハー
岡田裕之+藤田整+岩田昌征○社会主義の崩壊と経済体制論
井上敏夫○徳田球一の生涯とその時代――「忘れさせられた革命家」の生誕百年
宮原安春○婆娑羅 第二回 黒豹は北斗の海を舞う

1995

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【1月】解体する「憲法」と近代的自我

吉本隆明○自衛隊「合憲」論の歴史的犯罪――近代的自我を超えるもの
高橋武智○日本はほんとうに戦争に負けたのか−−五十年後の「盗人たけだけしい」論理
藍谷邦雄○戦争責任と「従軍慰安婦」問題
糸圭秀実○筒井康隆「唯野教授」を難ず−−超・言葉狩りと反差別闘争の「方向転換」
河野信子○戦争−難民・囚人としての二〇世紀――シモーヌ・ヴェーユとトリン・ミンハ
清水慎三+花崎皋平/司会・樋口篤三○崩壊する社会党−−新しい社会運動の可能性を探る
小阪修平○弁証法の死と歴史性をめぐってA――弁証法の可能性と顛倒について
山本耕一○世界史の転回と唯物史観・生態史観――「東北アジアが歴史の主役に」と廣松渉
山端伸英○“地獄”を語るカストロの現在
国労組織教宣部・渡辺和彦○JR東日本と文春問題について
北小路聡○[原一男インタビュー]「全身小説家」井上光晴における〈関係の変革〉
加藤一夫○マルクス主義と民族問題――パラダイムの転換・上条勇『民族と民族問題の社会思想史』を手がりにして
宮原安春○婆娑羅 第三回 二月は動乱の宵祭り

【2/3月】ユートピア主義のアクチュアリティ――マルクス主義と「闘った」人々

石塚正英○アソシアシオンの二一世紀的射程
杉本貴志○「リカードゥ派社会主義」とその遺産
篠原敏昭○ラサール社会主義のおもて・うら
上条勇○ベルンシュタインの生涯と思想
小林昌人○平等と自由と共産主義
柴田隆行○一八四〇年代ドイツの社会主義と共産主義
大澤正道○大杉栄の白紙主義
高尾利数○神の死の神学――宗教社会主義の新たな可能性
田崎英明○ベンヤミンに忠実であること――マッシモ・カッチャーリと現代イタリアマルクス主義哲学
小田切秀雄○『甲乙丙丁』と社会科学――津田道夫『中野重治「甲乙丙丁」の世界』をめぐって
大平聡○都市平泉と奥州藤原氏
宮原安春○婆娑羅 第四回 革命は自転車に乗って

【4月】インターネット

粉川哲夫○インターネットと情報資本主義の臨界
大澤真幸○メディアの共同体
山崎カヲル○インターネットを考える
須藤修+石橋太郎○インターネットの世界−−過去・現在・未来
山田友幸○研究環境としてのインターネット−−哲学の場合
大榎淳○相互接続と接続と表現
桜井洋○サイバースペースと歴史性
土屋俊○インターネットは来たるべき電子化社会の範型たりうるか
河宮信郎+青木秀和○阪神大震災で崩れさったもの
川村邦光○地震の記憶−−災厄の民俗
山端伸英○飢餓と弾圧の牧歌的共存−−権威主義的危機管理術とメキシコ人民
野波俊一○マルクス剰余価値論批判序説――社会の外部と剰余価値(上)
宮原安春○婆娑羅第五回「地下からの帰還者たち」
宮原安春○ヨーコ・オノが語る「『アヴァンギャルド』の今」

【5月】いじめ−−包囲される“学園”

保阪展人○『いじめ対策』と文部省の錯誤
本田和子○「無菌志向」と失われた「余裕」−−いじめられる子どもと生き延びる方略を巡って
池田祥子○「法と犯罪」「教育といじめ」は似ている関係?
墨総一郎○すべてが敵だ−−教育委員会、教員、そして親
鎌田慧○「子どもの勇気」を語る困難
牧野剛○トヨタが生んだ教育監獄
中村秀樹○「クロちゃんも仲間だよ」−−なぜか断固として闘う“私”
清沢洋○効率主義が生み出す「いじめ」
久田邦明○「教育の力」という虚構−−戦後理念はのりこえられたか
木川二郎○骨抜きにされた教育基本法の精神−−文部行政の反動性
蓮實重彦+糸圭秀実○不在の皇帝−−「いじめ」の言説が隠蔽するもの
針生一郎○谷川雁−−工作者の軌跡
金靖郎○お別れの言葉を持たぬ僕は……
水田洋○平田清明−−薩摩藩家老の後裔
今井弘道○「市民社会と社会主義」から「市民社会主義」へ−−平田清明『市民社会と社会主義』の再検討
R・スタベンハーゲン/山端伸英○社会発展と現代世界−−メキシコの現在から
大沢栄○今なぜにアウシュヴィッツなのか
宮原安春○婆娑羅第六回「狂おしき白夜の七月」

【6月】“外部”の人々

赤坂憲雄○起源としての異人論
山本耕一○虚構としての「異質性」−−近代社会における〈外部〉
金森修○内も外もない世界に向けて
塩見鮮一郎○「サンカ」の記憶
川島健二○ヤポネシア社会論・序−−アイヌ・沖縄・柳田國男
平山朝治○イエ社会と“外部”の人々
飯島吉晴○放浪(うかれ)人と一つ目小僧−−共同体とその外部
川村邦光○カリスマ、“邪宗”の行方−−二つのO教団をめぐって
高尾利数○新興宗教と終末思想
浅田光輝+菅孝行○連合赤軍とオウム真理教−−どこまでがフレームアップなのか
鷲田小弥太○現代知識人の二類型−−廣松渉と山口昌男(下)
青木秀和+河宮信郎○都市博中止−−青島は都営バブルの破産管財人たれ
大庭健○隠蔽するメディア、ないし貨幣と権力
橋本努○経済学の行方を見晴らすには
栗原隆○竹村喜一郎著『ヘーゲル哲学の方位』もしくは師の知への旅
宮原安春○婆娑羅第七回「殺し合うにはいい日和」

【7月】内破する「言論」と「自由」

高橋順一○言論のアリーナの〈内〉と〈外〉
丹生谷貴志○ラシュディ・ケースと忘却という“処刑”
糸圭秀実○闘争という「社交」−−「サリン−オウム」・言論・学生運動
大西巨人○「言論の自由」をめぐる闘争
日山紀彦○自由と責任−−責任論のアポリアと廣松行為論の可能性
内山節○「要請」と「精神の習慣」
中島健二○世界システムの変革をめざして−−ウォーラスティンとグラムシ
星野智○超えられた国境−−移民・難民問題とEU
塩見孝也○朝鮮社会主義の新展開
野波俊一○マルクス剰余価値論批判序説−−社会の外部と剰余価値(下)
宮原安春○婆娑羅第八回「オーロラは逆光に燃えて」
高井一彰○言葉のテロリズム

【8/9月】廣松渉歿後一年シンポジウム報告/オウム−−「断罪」と「解釈」を超えて……[品切]

吉本隆明○廣松渉の国家論・唯物史観
村上陽一郎○近代科学批判の地平と廣松渉の思想
山口重克○抽象的人間労働と価値法則
吉田憲夫○廣松渉氏の「単純商品」論を読む
高橋順一○マルクス・ニーチェ・フロイトと現代思想の地平
小阪修平○倫理的アナーキズムをどう超えるか
熊野純彦○共同主観性の哲学とは何であったか
山本耕一○マルクスによる近代知の地平の超克
忽那敬三○廣松哲学にとっての科学論の意味
笠井潔○麻原彰晃の観念的倒錯
小阪修平○思想としてのオウム(上)
今井弘道○〈市民的政治文化〉と人権・権利
国分幸○マルクス・エンゲルスのアソシアシオン構想とアジア型国家の問題(上)
日山紀彦○自由と責任−−責任論のアポリアと廣松行為論の可能性(下)
宮原安春○婆娑羅第九回「ネヴァ川を忿怒にて渉れ」

【10月】歴史とは何か−−抗争する物語と戦後50年

高橋武智○『ショアー』と敗戦五十年(上)
渡部良三○虐殺の記憶−−ある学徒兵の証言
木前利秋○歴史とアウシュヴィッツ
辰見伸知○ドイツ歴史家論争と現在−−「アウシュヴィッツ」と「憲法愛国主義」
本橋哲也○ニューヒストリシズムからポストコロニアリズムへ−−「イロイロ」な「ヒトゴロシ」の物語
吉見俊哉○祝祭論再考−−人類学から文化研究へ
北小路隆士○『ショアー』とその反響をめぐって
長谷川宏+高橋順一○ヘーゲル、ポスト・ヘーゲル、現在−−歴史の転換と歴史観
坂野潤治○「伝統」としての「日本近代」−−リベラリズムの系譜
小阪修平○思想としてのオウム(下)
小熊英二○『単一民族神話の起源−−〈日本人〉の自画像の系譜』
奥井智之○平山朝治著『イエ社会と個人主義』
横山茂彦○『概説 韓国の酒造技術−−歴史・制度及び日本との関わり』
小川太郎○野島直子著『孤児への意志−−寺山修司論』
宮原安春○婆娑羅 最終回 ロシアの脊椎を撃て

【11月】黄昏れゆく代議制−−戦後政治システムの変質をどうとらえるか

大澤真幸○代表されざる者の普遍的代表
竹内芳郎○ドレイたちよ、目覚めよ、と呼ぶ声あり
表三郎○現代思想と大衆民主主義
山本啓○分権化とアドボカシー・ポリティックスへの転換
森野栄一○プルードンにおける国家並びに民主主義批判の基礎
山崎カヲル○インターネットのうえのサパティスタたち
国分幸○マルクス・エンゲルスのアソシアシオン構想とアジア型国家の問題(下)
山端伸英○「私たちは皆インディオだ」−−メキシコにおける政治的(自己省察的)民衆の誕生
高橋武智○『ショアー』と敗戦五十年(下)
山本和彦○アルバニア部族社会の「掟」−−その倫理の構造(上)
石塚正英○エンゲルス・とりあえずの総決算−−杉原四郎・降旗節雄・大薮龍介編『エンゲルスと現代』
楠かつのり○鉄腕アトム・銭ゲバ・松本智津夫
北小路隆志○アッバス・キアロスタミ論−−“ジグザグ三部作”における建築=解体

【12月】農とエコロジーの未来学

塩川喜信○工業的発想と生命の論理
河宮信郎○農とエコロジー
若代直哉○中国もまた穀物を海外市場に依存するのか?
藤田和芳○農業におけるナショナルとインターナショナル
野田克巳○DEVANDA運動−−経過とこれから
宮本重吾○「農」再生の突破口は何か−−「農民連合」の闘い
中井俊作○タンザニアから天草での実践へ
山下惣一○新しい社会システムを求めて
犬塚昭治○食糧自給化政策と世界経済−−環境問題をどう位置づけるか
いいだもも○安藤昌益はなぜ忘れられ、なぜ蘇えりつつあるか
三上治○生死を超えるという幻覚の果てに−−オウム真理教論
山本和彦○アルバニア部族社会の「掟」−−その倫理の構造(中)

1996

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【1/2月】日本ナショナリズムと戦後

加藤典洋+姜尚中○敗戦後論とアイデンティティ
河野信子○女とナショナリズム
菅孝行○歴史の「ねじれ」と民族という試金石−−民族・右翼・戦後五十年
鈴木正○君主論ノート−−葦津珍彦論
渡辺みえこ○三島由紀夫−−昭和に生き、昭和に死なねばならなかった作家
福田和也○日本/古典主義/ファシズム
高橋順一○ジル・ドゥルーズの死
マリア・カニル他○アメリカ大陸先住民女性の問いかけ
佐藤秋雄○沖縄ルポ−−島ぐるみの反撃
岩田昌征○戦乱のクライナ・ボスニア紀行−−「民族浄化」、国連、NATOの下の民衆
北小路隆志○表面=膜としての身体−−W・フォーサイスのダンスを巡って
李彩華○戦後精神の再考
糸圭秀実○「新日本文学会」を糾す
今井弘道○〈市民的政治文化〉と危機管理

【3月】ポストモダンの終焉?−−68年5月〜ドゥルーズの死

合田正人○記憶と反記憶−−ドゥルーズの時間論素描
粉川哲夫○リゾームからウェブへ−−「開放環境における休みなき管理」の展開
高橋順一○ドゥルーズののこしたもの
笠井潔○探偵小説とポストモダン
守中高明○〈物質〉の要請−−終焉の政治学と詩のプログラム
北小路隆志○『エンジェルス・イン・アメリカ』のポリティクス
伊吹浩一○ジル・ドゥルーズが自殺した
山井敏明○戦後五十年目のベルリン
山崎純○ヘーゲルの語り口に迫る画期的な翻訳−−長谷川宏訳『ヘーゲル美学講義』の翻訳革命と資料上の革命
山本和彦○アルバニア部族社会の「掟」(下)
久住純○封印された季節(第一回)
大沢栄○花たちは見ていた
西堂行人○ハイナー・ミュラーの死
横山茂彦○小嵐九八郎著『風に葬え』
西堂行人○福田善之著『劇(ドラマ)の向こうの空』
ガイ・ヤスコ○Unabomber論文は現代アメリカ社会と「左翼主義」を衝いたか?
FC○産業社会とその未来(全訳)

【4月】沖縄は近代と国家を問う[品切]

新崎盛暉○沖縄闘争−−その歴史と展望
知花昌一○基地に土地は渡さない!−−軍用地強制使用期限切れを前に
姜尚中+多田康男○ローカル政府からの異議申立−−国家の問題としての日本−沖縄
由井晶子○女性たちの決起と国際連帯の試み
藤井治夫○アメリカ軍事戦略に於ける沖縄基地の位置
増山太助○沖縄「基地」闘争の地平−−いま、あらためて戦後の沖縄を振り返る
川島健二○「南島」の思想
仲村渠潔○沖縄新世代論−−ポップに独立を語るウチナー新世代
浅田光輝○虚偽としての冷戦と日米安保
恩河尚○沖縄の歴史を読む
久住純○封印された季節(第二回)
福田和也○守中高明氏へ−−《物質》というイマージュ
船戸満之○森川俊夫・横塚祥隆訳『トーマス・マン日記−−1940-1943』

【5月】文化と権力−−グラムシの現代的意義[品切]

石堂清倫○エンゲルスとグラムシ
柴田高好○グラムシの国家論
片桐薫○グラムシと戦後思想
中島健二○ヨーロッパ統合のなかのグラムシ−−その新たな可能性
ガイ・ヤスコ○ニューレフトからカルチュラルスタディーズへ
西野恒○書評『グラムシ・リーダー』『アンティゴネと囚われ人』
山本和彦○アルバニア変革とカヌン
野波俊一○労働価値論の可能性−−贈与としての労働
田畑稔○『ソフィーの世界』はどんな「世界」か−−エンターテイメント哲学の到来と哲学の未来
吉田賢一○「貨幣形態Z」:ワルラス世界の価値形態論─岩井克人『貨幣論』を評定する(上)
浅田光輝○激動の時代とともに−−戦中・戦後、ひとつの証言
久住純○封印された季節
阿由葉茂○笠井潔著『国家民営化論』
斎藤助清○金田善裕編『サイバー・レボリューション』

【6月】しのびよる金融危機−−住専さわぎの陰で進行する事態

本山美彦○不良債権問題に見るシステム断層
柴田武男○住専処理問題と日本社会
野下保利○日米金融危機が意味するもの−−非ケインズ型管理通貨制度を求めて
小西一雄○住専問題からみた不良債権と金融再編
石塚良次○金融不安と資本主義
森野栄一○金融のグローバル化にみる不安定な構図
河宮信郎○住専問題の深部を暴く−−GDPは「経済成長」の指標か
ダラ・コスタ○資本主義と再生産(伊田久美子訳)
ダラ・コスタ○発展と再生産(勝田由美訳)
伊田久美子○[解説]ダラ・コスタと第三世界
吉田賢一○「貨幣形態Z」:ワルラス世界の価値形態論─岩井克人『貨幣論』を評定する(下)
浅田光輝○激動の時代とともに−−戦中・戦後、ひとつの証言 第二回
久住純○封印された季節 第四回
北小路隆志○空白の日々−−四月一日沖縄にて
菅孝行○ハムレットの問いが無効になるとき−−戦後五〇年、日常・演劇・社会の命運
太田昌国○「基地返還」の欺瞞−−マスメディアの「沖縄−安保報道」を読む
大澤正道○高尾利数著『イエスとは何か』
大城はるか○なんくる組編『沖縄が独立する日』
日山紀彦○矢島杜夫著『権威と自由』
荻原魚雷○稲葉振一郎著『ナウシカ解読−−ユートピアの臨界』
横山茂彦○河田宏著『第一次世界大戦と水野広徳−−ヴェルダンの罌栗の花』

【7月】大学−−知の技術化を越えて[品切]

高橋哲哉+酒井敏行○知のエチカ1945-1996−−新しい〈君〉と〈世界〉のために
長谷川宏○なぜ私は、大学で教えないのか
牧野剛○学生は沖縄でよく闘い、よく学べ!
夏堀正元○戦後擬似民主主義への道
上野俊哉○造反もしない奴に学問なんてできない
大庭健○そして誰もいなくなった
糸圭秀実+呉智英+藤井良樹○モラトリアム諸君、甘言にダマされるな−−装置としての専門学校・セーフティー私大
小川晴久○駒場寮廃寮と“知のモラル”
塩川喜信○最終講義−軽やかなるレジスタンス
折原浩○ヴェーバーとともに四〇年−−研究と教育をベルーフとして
今井弘道○二つの公共性とローカルパーティー(上)
本山美彦○不良債権問題に見るシステム断層(二)
浅田光輝○激動の時代とともに(三)
足立真理子○大越愛子『闘争するフェミニズム』

【8/9月】ラディカルな自由主義/アナーキーな資本主義[品切]

笠井潔○ラディカルな自由主義の哲学的前提
森村進○リバタリアニズムの理論的基礎
稲葉振一郎○メタ・ユートピアの構図−−ロバート・ノージック『アナーキー・国家・ユートピア』再読
アスキュー・デイヴィッド○「治安維持の市場化」の可能性
森末伸行○自由な市民の素敵な生活−−国家論と自由主義
須藤修○電子マネーと資本主義の変容−−「貨幣の非国有化」の新たなリアリティ
森野栄一○自由主義と自由な社会主義の課題
三上治○オウムと「大衆の原像」−−思想の転生にむけて
大庭健○そして寮もなくなった……?−−パーリア・インテリ、教養教育、知性のラディカリズム
久住純○封印された季節(五)
浅田光輝○激動の時代とともに(四)
表三郎○マルクスの民主主義論−−マルクス・バフチン・オースチン
北小路隆志○最もブレヒト的なゴダール−−『万事快調』を見る
石見尚○片桐薫著『グラムシと二〇世紀の思想家たち』
針生一郎○北原鉱治著『大地の乱 成田闘争』
白井順○塩川喜信著『高度産業社会の臨界点』、井上泰夫著『〈世紀末大転換〉を読む』
久住純○塩見孝也著『「リハビリ」終了宣言』
横山茂彦○河田宏著『第一次世界大戦と水野広徳』

【10月】ポストコロニアル状況とは何か?[品切]

酒井直樹○英語とポストコロニアリティ
高橋順一○ポスト冷戦時代の批判的言語の可能性
田崎英明○非の打ち所のない理論?
ガイ・ヤスコ○ポストコロニアル派批判
伊藤公雄○グラムシと近代国民国家−−国民・民族意識の両義性をめぐって
菅孝行○現代演劇とポストコロニアニズム
北小路隆志○《文化》のポリティックス(I)−−大正の「文化主義」を巡って
いいだもも○二十世紀とはいかなる時代であったか−−〈序論〉その円環的発端について
浅田光輝○激動の時代とともに(五)
表三郎○マルクスの民主主義論−−マルクス・バフチン・オースチン(二)
久住純○封印された季節(六)
柏木博○府川充男著『組版原論−−タイポグラフィと活字・写植・DTP』
小野原雅夫○牧野英二著『遠近法主義の哲学−−カントの共通感覚論と理性批判の間』
天野恵一○新崎盛暉著『基地のない世界を−−戦後五十年と日米安保』

【11月】死を考える[品切]

小松美彦+笠井潔○他者・共同体・死
小阪修平○死の概念をめぐって
木前利秋○“悲哀”の過去と現在
山口研一郎○現代の医療と「死の自己決定」
宇田川博○死の不可視性と先端医療時代の倫理
天笠啓祐○死と国家
大澤真幸○自由の臨界
堂前雅史○「同性愛の遺伝子」をめぐって
波平恵美子○日本人の死の風景
川村邦光○死への備え−−四国遍路のエスノグラフィ
斎藤光○切腹の意味の考古論−−『萬朝報』三面記事と三島をつなぐ線
長尾龍一○日本人の死生観
浅田光輝○激動の時代とともに(六)
表三郎○国家と市民社会の分離−−マルクス・バフチン・オースチン(三)
久住純○封印された季節(七)

【12月】科学革命[品切]

後藤邦夫○科学革命と現代の課題
中山茂○クーン私録断簡
成定薫○『科学革命の構造』との出会い
河本英夫○存在の裂け目
森永和永○経験の反復可能性と理論の翻訳可能性
佐伯啓思○市民社会との訣別
船曳建夫+野矢茂樹+佐々木直哉+朝倉幹晴○東京大学への自己言及
橋本努○近代主体−−折原浩の学問−政治論
浅田光輝○激動の時代とともに(七)
表三郎○近代社会の宗教性−−マルクス・バフチン・オースチン(四)
久住純○封印された季節(八)
大澤榮○集団芸術精神療法の実践
安田茂○小林よしのり『脱正義論』を読む
久住純○小嵐九八郎『癒しがたき』

1997

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【1/2月】丸山真男と戦後民主主義の再審

姜尚中+斎藤純一○近代の主体と国民主義
菅孝行○「時代の子」丸山真男の宿命−−作為という価値の呪縛を生きる
米谷匡史○丸山真男と戦後日本−−戦後民主主義の〈始まり〉をめぐって
最首悟○「筒」の思想
長原豊○いわゆる「日本(人)」を騙る〈Askese〉と〈A(nti)-Ethik〉−−こうして世界は複数になるのだ
遠藤克彦○隠蔽された帝国主義としての国民主義−−「丸山真男の帝国主義」ノート
大澤真幸○丸山真男ファシズム論のネガ
マルコ・レベッリ・石堂清倫訳○「ポストフォーディズム」についての八つの仮説
橋本務○近代主体−−学園闘争における折原浩の学問−政治論(中)
浅田光輝○激動の時代とともに(八)
久住純○封印された季節(最終回)

【3月】「私」のゆくえ[品切]

金森修○私鏡という破片
熊野純彦○〈私〉たちのゆくえ
大庭健○対他存在としての私
野家啓一○「私」という物語
鷲田清一○〈わたし〉というトポス
橋本務○近代主体−−学園闘争における折原浩の学問−政治論(下)
木畑壽信○形式の権力
日山紀彦○「第三形態」における「価値」概念の再措定と「逆倒」の論理(上)
中野清○国際魯迅学会と江南定点観測(上)
表三郎○歴史に学ぶ−−石堂清倫先生訪問記
山本和彦○ボスニア内戦−−カヌン世界の表象
浅田光輝○激動の時代とともに(九)
久住純○オフサイド時評「成田問題結着? 隅谷調査団の“民主主義”の成果」
吉田憲夫○山口重克著『価値論・方法論の諸問題』
安田茂○渡辺治著『現代日本の帝国主義化−−形式と構造』
大岡淳○内野儀著『メロドラマの逆襲−−「私演劇」の八〇年代』

【4月】記憶をめぐる闘争−−「自由主義史観」という病

古関彰一○憲法誕生秘話
酒井敏行○記憶を侵食する物語の欲望
江原由美子○「従軍慰安婦問題」の教科書記載によって精神的にいじけさせられる「日本人」とは、だれのことか
姫田光義○いわゆる「自虐史観批判」の詭弁性について
糸圭秀実+高澤秀次○「教科書論争」を斬る
小熊英二○「日本人」という牢獄
今井弘道○〈総動員体制〉と戦後民主主義−−栗原幸夫『歴史の中の「戦後」』を手掛りに
片桐薫○日本における「革命なき革命」(明治維新)
山本和彦○ボスニア内戦−−カヌン世界の表象(下)
日山紀彦○「第三形態」における「価値」概念の再措定と「逆倒」の論理(中)
中野清○国際魯迅学会と江南定点観測(中)
浅田光輝○激動の時代とともに(十)
久住純○オフサイド時評「どうするんだ、こんなもの? 公安調査庁」

【5月】吉本隆明と柄谷行人[品切]

柄谷行人○単独者とインターナショナリズム
村井紀○戦前の思考−−柳田国男・折口信夫・宮沢賢治
高橋順一○自然史的認識について−−吉本隆明と柄谷行人のマルクス像
鷲田小彌太○マルクスとマルクス主義−−吉本隆明と柄谷行人
木畑壽信○批評への意志−−吉本隆明と柄谷行人
木前利秋○批評のアクチュアリティ
山本耕一○「上部構造」論の可能性−−「共同幻想」と制度
池宮城紀夫○崩壊する「日本」へのメッセージ−−沖縄は同情を求めてはいない
宮城晴美○軍隊は女性の敵です−−集団自決・強姦と沖縄の女性
姜尚中○帝国「日本」は解体したのか?−−沖縄と東アジア
多田康男○解題−沖縄問題の新たな捉えかえしを
仲正昌樹○ミニマ・モラリアにおける脱・所有化と愛
日山紀彦○「第三形態」における「価値」概念の再措定と「逆倒」の論理(下)
中野清○国際魯迅学会と江南定点観測(中−二)
浅田光輝○激動の時代とともに(十一)
表三郎○ダイアローグ論−−マルクス・バフチン・オースチン(五)
久住純○オフサイド時評「沖縄独立への道標はあるか? 特措法改正を前に」
松田政男○埴谷雄高・出会いと訣れ

【6月】埴谷雄高[品切]

秋山駿○三輪与志の孤独
笠井潔○半世紀後の『死霊』
高橋順一○〈あれも駄目〉と〈あれもよし〉−−埴谷雄高の二律背反
白川正芳○希望の星よ−−埴谷雄高との対話篇
河野信子○埴谷雄高の自在鉤
伊東聖子○永久革命者の肖像
大澤正道○さようなら、埴谷雄高
小倉虫太郎○複製技術の時代における『死霊』−−「記憶」と「死の恐怖」の〈転移〉をめぐって
埴谷雄高+秋山駿○政治は死滅するか−−人間の本源的存在が問うもの(再録)
中野清○国際魯迅学会と江南定点観測(下)
新家博○日本人の心情論理とその構造(上)
門脇俊介○批判としての分割−−日本啓蒙哲学の方法
浅田光輝○激動の時代とともに(十二)
久住純○オフサイド時評「麻原彰晃無罪? 井上証言を頼った検察当局の失策」
安田茂○熊沢誠著『能力主義と企業社会』

【7月】グラムシと哲学

デミロヴィッチ○ライオンと狐−−批判理論とグラムシ
斎藤日出治○市民社会とヘゲモニー−−グラムシとポスト・マルクス主義
田畑稔○すべての人間は哲学者である−−アントニオ・グラムシと哲学の現実諸形態
藤岡寛巳○グラムシとダンヌンツィオ−−実現しなかった会見
小倉虫太郎○Since 1930s−「反・反革命」へ−−哲学の実践ではなく、実践=哲学へ
やすいゆたか○グラムシのフェティシズム論
藤田友治○グラムシの知的・モラル的ヘゲモニーの再生について
星野智○役割論と権力論の交錯−−廣松渉の役割論と権力論をめぐって
熊野純彦○価値・間柄・支配−−廣松実践哲学の射程
新家博○日本人の心情論理とその構造(下)
さらぎ徳二○革命に生きる
木畑壽信○宗教批判の経験−−高尾利数『〈宗教経験〉のトポロジー』を読む
横山茂彦○オフサイド時評

【8/9月】中国はどこへ行くか

加々美光行○最後の社会主義・中国はどこへ行くか
若代直哉○中国農村の一断面−−国家と社会主義
石原享一○市場経済への道−−現政権は毛とう時代を超えられるか
小島麗逸○市場経済の過去と未来
谷川道雄○中国理解と中国社会史
中島祝○中国思想界の現状と現代新儒家
金子秀敏○香港返還の憂鬱
中野清○「左傾」評価の変化について(附江南定点観測)
山田克利○天安門事件と日本語
未央○未完の故事とその行方
金スンオグ○貨幣の力−−孫文が描いた中国の未来図
道上知弘○朝鮮戦争と中国の作家たち−−巴金と五〇年代
高屋亜希○大学生のいる情景−王蒙『青春万歳』に見る一九五二年の大学制度改革
平林宣和○国劇の黄昏−−台湾ナショナリズムと演劇
北小路隆志○敗北の考古学−−天安門事件をめぐる断章
千坂恭二○日本的前衛とアジアの大衆−−アジア主義の革命と戦争
浅田光輝○激動の時代とともに(一三)

【10月】価値と役割

永谷清○価値法則の論理性と実在性−−廣松の宇野価値論批判をめぐって(上)
吉田憲夫○商品の物神的性格とその秘密−−永田清氏の所説に言寄せて
石塚良次○経済学と役割理論
砂川裕一○「表情」と役割理論−−廣松役割理論の可能性
西原和久○社会学と役割存在論−−相互行為・物象化・制度
福好昌治○新ガイドライン−−極東有事体制構築の現段階
カルロス・モンテマジョール/山端伸英○ゲリラ活動と公安
森野栄一○電子ネットワークと国家−−監視/暗号を巡る攻防の現在
さらぎ徳二○革命に生きる[第二回]
岩田昌征○内戦は終わったのか−−ベオグラードからのレポート[1]
川村邦光○マモノの発生と暴力−−“鬼退治”事件とサカキバラ事件をめぐって
田中良太○[メディア時評]神戸事件と報道の独善――「フォーカス現象」の背景にあるもの
岡田剛士○ヤ・ッサラーム(「ああ、平和よ!」あるいは「何てこったい」)−−パレスチナの現在
久住純○[オフサイド時評]いずれ明らかになる
中村勝己○黒須純一郎『イタリア社会思想史』
表三郎○河上睦子著『フォイエルバッハと現代』

【11月】教育「改革」批判−−リストラされる知

保坂展人+牧野剛○今こそ攻勢の時だ!
柄谷行人+糸圭秀実○東大は滅びよ−−「改革」の虚妄
清水多吉+後藤総一郎+吉田憲夫○「知の抹殺」への警鐘
黒沢惟昭○現代教育の「病理」と学校の転換
赤尾勝己○アメリカの大学システムから日本を見る
芦川進一○「法学部中退」ラスコーリニコフがみた、三つの夢−−その「ナポレオン理論」と「春の夢」、そして「馬殺しの夢」
金森 修○状況と場所
井上渉(京都大学経済学部自治会/同好会)○改革という名の総長専決体制
徐京植+井上澄夫+小山俊士○「自由主義史観」を考える−−歴史の偽造とナショナリズム/藤岡信勝の「転向」と「非転向」/教科書攻撃と右派勢力
永谷 清○価値法則の論理性と実在性−−廣松の宇野価値論批判をめぐって(下)
井澤賢隆○「絶対演劇」論攷・断章
岩田昌征○内戦は終わったのか−−ベオグラードからのレポート[2]
片桐 薫○日本における「革命なき革命」
田中良太○[メディア時評]
久住純○[オフサイド時評]

【12月】「帝国」のアルケオロジー

酒井直樹+米谷匡史○〈帝国〉批判の視座
松本武祝○植民地下の朝鮮人はいかに統治されたか−−日本「帝国」の意図せざる統合原理
田崎英明○帝国とその輝き
上条勇○ハプスブルク帝国とオットー・バウアー−−ひとつの帝国の終末論
高尾利数○聖書の国家論が示唆するもの
金子勝○「帝国主義」概念と世界史
長原豊○国民国家を〈帝国〉として想起・発案する−−帝国主義論ノート[1]
高橋洋児○今こそ「自然権」パラダイムを再審に付す−−共同主観性論の視座から
山本和彦○国家なき社会の倫理と秩序
岩田昌征○内戦は終わったのか−−ベオグラードからのレポート[3]
浅田光輝○激動の時代とともに[14]
田中良太○[メディア時評]「酒鬼薔薇」報道の堕落
久住純○[オフサイド時評]出版業界の行方

1998

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【1/2月】社会学理論の現在−−現象学とシステム理論[品切]

西原和久○特集を編むにあたって
西原和久○社会学と現象学−−近代・身体・発生論
張江洋直○A・シュッツの問いの構造−−〈重層的問い〉の可能性
李晟台○シュッツはシュッツを超え出るのか−−自然的態度の構成的現象学の行方
椎野信雄○現象学的社会学とエスノメソドロジー−−プロトエスノメソドロジーを越えて
石井幸夫○エスノメソドロジカル・ターン−−シュッツ、デリダ、ガーフィンケル
山田富秋○クリティークとしてのエスノメソドロジー
N・ルーマン/青山治城訳○生活世界−−現象学者たちとの対話のために
土方透○ルーマンのシステム理論と現象学−−現象学と社会学の相克
菅原謙○システム準拠と基礎づけ主義−−ルーマンからみたシュッツ
山端伸英○ポストコロニアルのデモクラシー−−被征服社会からの脱皮
内田弘○大石高久著『マルクスの全体像』
田中良太○[メディア時評]ペルーは日本の属国なのか−−目に余る金満国民エゴ
久住純○[オフサイド時評]世紀末経済の行方

【3月】戦争と二十世紀の思想

清水多吉○第一次大戦と外傷性神経症
上条勇○第二インターのマルクス主義者たちと戦争
笠井潔○世界戦争の時代とマルクス主義
櫻本陽一○アルジェリア戦争とフランス知識人−−危機的状況と知識人の自律性
崎山政毅○ゲバラ《以降》の戦争、そして連帯
松葉祥一○戦争と主権−−J-L・ナンシーの湾岸戦争論
菅孝行○戦後日本の反戦平和運動と戦争責任論
三上治○今、戦争について考えることの一つとして
石塚省二○現存社会主義の崩壊と二十世紀末思想のゆくえ
白川真澄○自己決定権を行使する地域が社会変革の新しいテコになる−−『脱国家の政治学』
大石高久○内田弘氏の書評に応えて
さらぎ徳二○革命に生きる[3]
浅田光輝○激動の時代とともに−−戦中・戦後、一つの証言[15]
田中良太○[メディア時評]ペルーは日本の属国なのか
久住純○[オフサイド時評]最後のバブル「長野オリンピック」
星川啓慈○黒崎宏著『言語ゲーム一元論−−後期ウィトゲンシュタインの帰結』

【4月】環境問題への視角

河宮信郎○反「温暖化」の経済学−−対策停滞を座視する理論的混迷
真下俊樹○ポストCOP3の温暖化防止戦略−−ネガワットから時間解放社会へ
山田國廣○ドキュメントCOP3−−日本は大量消費文明を変えられるか
相川泰○中国と環境問題
石弘之○環境破壊の究極−−国家崩壊
山本耕一○人間生態系の危機と環境倫理
義江彰夫○対自然関係史の構築−−アジア史の遺産を手がかりに
伊藤誠○廣松物象化論と労働の評価問題
ハヨ・クロンバッハ/内田弘訳○知的ニヒリズムを超えて−−社会科学における哲学と教育
李壽甲/沈聖求○大統領選以後の韓国民衆運動
呉榮元○台湾左翼潮流の現在
浅田光輝○激動の時代とともに−−戦中・戦後、一つの証言[16]
酒井隆史○ポップスの「郊外化」にヒップホップは抗しうるか
坂手洋二○新国立「ワイヤレス」劇場の開場
田中良太○[メディア時評]二十世紀末の亡霊−−長野で飛躍した日の丸・君が代
久住純○[オフサイド時評]ネームを頼って、ガッカリさせられる本もあるという噺

【5月】フランクフルト学派の新潮流

清水多吉○『啓蒙の弁証法』と『近代の超克』
アクセル・ホネット(藤野寛訳)○軽んじ(られ)ることの社会的ダイナミズム
アレックス・デミロビッチ(加國尚志訳)○身ぶりとしての理論的テクスト−−闘争場裡における批判理論
グンツェリン・シュミット・ネル(小田智敏訳)○概念が織りなす身振り−−批判理論のもろもろの星辰配列
ヨッヘン・ヘーリッシュ(仲正昌樹訳)○邪悪なる等価交換−−アドルノの不純理性批判
仲正昌樹○〈同一性〉の起源をめぐって−−アドルノの認識論批判とゾーン=レーテルの〈貨幣=存在〉論
古賀徹○アドルノのモナドロジー−−交換原理を超えて
ゲールハルト・シュヴェッペンホイザー(関口光春訳)○一般的なものの個別性−−人権と道徳原理の基礎づけにおける普遍主義のアポリア
日山紀彦○『啓蒙の弁証法』と自由の腐蝕
高橋順一○自然の美学−−アドルノ以降の展開
好村富士彦○アドルノの音楽理論の根源
堀川哲○ルカーチ、あるいはフランクフルト系の言語−−高幣秀知『ルカーチ弁証法の探求』をめぐって
フレデリック・ジェームソン(表三郎訳)○フランクフルト学派論−−アドルノとベンヤミン(上)
浅田光輝○激動の時代とともに−−戦中・戦後、一つの証言[17]
小倉虫太郎○コミックにおけるマチズモについて
石川義正○『HANA-BI』が暴露してみせたもの
大岡淳○小林敏明『西田幾多郎 他性の文体』
田中良太○[メディア時評]
久住純○[オフサイド時評]

【6月】世界システム論とウォーラーステイン−−対立するグローバル化とリージョナル化

星野智○世界システムにおけるグローバル化・地域主義化・民主化
金子勝○近未来社会への構想力
岡田光正○世界システムの動態−−長期波動と覇権循環からみた世界システムの将来
佐藤幸男○グローバル・アパルトヘイト−−グローバリゼィションの二十一世紀システム
中島健二○世界ブルジョアジーと国内ヘゲモニーとの力学−−ウォーラースティン、グラムシ、ストレンジ
川北稔○歴史観としての世界システム論
ピーター・J・テイラー○モダニティとムーヴメント−−世界ヘゲモニーに対する反システム的反作用
イマニュエル・ウォーラーステイン○科学を追い求める歴史
川満信一○反復帰論から自立の思想へ−−近代国家を超える沖縄からの視線
北小路隆志○「他者」はいかにして記述されるか?−−ドキュメンタリー映画「A」をめぐって
岩田功吉○時空を超えて・映画「若者たち」の歴史像−−二十一世紀への問いかけをこめて
山端伸英○神島二郎仕掛けのオレンジ
長谷川靖○「モノの次に来るもの」を売る企業の自画像
荻原魚雷○ロマンなき現代の革命奇譚−−川崎ゆきおの「小説猟奇王」
山本耕一○篠原敏昭・石塚正英編『共産党宣言−解釈の革新』
田中良太○[メディア時評]

【7月】崩壊する「日本的システム」

本山美彦○日本経済のシステム危機−−止まらぬ資金流出
河宮信郎○金融不安定性のシステム・ダイナミクス−−財政赤字・金融負債の自己増殖プロセス
森野栄一○「日本的システム」と資本の国際主義
小阪修平○一九九八年の「時代閉塞」
菅孝行○日本というシステムの崩壊−−その世界性と固有性
大越愛子○「日本的システム」の暴力性−−日本軍「慰安婦」問題が突きつけるもの
鷲田小彌太○日本の危険
小倉虫太郎○折り返された「植民地」
平山朝治○「甘え」の破綻と「いき」の復権−−日本型近代の終焉
三上治○「近代化の終わり」をめぐって
田中良太○太った阿Qたちがもたらす大崩壊−−東大型知性が犯しつつある大罪
糸圭秀実○小ブル急進主義を〔再〕導入する−−日本的左翼システムの諸問題
いいだもも○この日本、どうなる、どうする
浅田光輝○激動の時代とともに−−戦中・戦後、一つの証言[18]
だめ連○「だめ」を生きる、は運動か?
久住純○[オフサイド時評]歴史が終わらないように、『カムイ伝』も終わらない
大澤正道○『近代日本社会運動史人物大事典』は欠陥商品です

【8/9月】情報と資本主義

半田正樹○デジタルネットワークのなかの現代資本主義−−エレクトロニック・コマースとは何か
森野栄一○情報資本主義と金利生活者の繁栄
野口真○電子マネーと現代資本主義
江頭進○情報・知識・制度−−情報と制度知の二重螺旋
葛城政明○情報とバブルと資本主義−−経済の形成原理としての情報
高杉公望○「情報革命」と「資本主義の原理」
田中大○複製技術時代の資本主義
小倉利丸○ネットワーク社会論の問題点−−双方向性と権力形成
今井弘道○多文化主義・国民文化・日韓関係−−よりよき相互理解のために
岩田昌征○セルビア民族主義の神話と現実−−ミロシェヴィチを批判する
猪狩一広○アドルノの政治戦略
星野智○現代権力論の構図[1]エリートと権力
浅田光輝○激動の時代とともに−−戦中・戦後、一つの証言[19]
石塚正英○国分幸著『デスポティズムとアソシアシオン構想』
菅孝行○『プライド』を観る−−オルタナティブな東条映画の可能性と不可能性
野中柊○[MONAKA通信]再び勇者となるために
久住純○[オフサイド時評]
田中良太○[メディア時評]

【10月】デリダと政治的なもの

J.デリダ○正義の法への違背/欠如−−法・権利から正義へ(それにしても、「サン・パピエ」たちには、つまり何が欠ているのだろう?)
櫻本陽一○同一的なもの、共同的なもの、全体的なものをめぐって
鵜飼哲○仮設と寓話
G.C.スピヴァク○代作する‐亡霊が書くこと
長原豊○「哲学の耳を脱臼」せしめよ!−−用意周到な「空隙」
仲正昌樹○〈暴力=権力〉に憑きまとう亡霊の正体?
E.ラクラウ○この世の関節がはずれてしまったのだ
F.デブリクス○政治としての亡霊性−デリダとマルクスの復活
藤本一勇○デリダにおける時間のアポリア
J.ヘーリッシュ○記号の存在と存在の記号(上)
高橋允昭○脱構築とマルクス
星野智○現代権力論の構図[2]多元主義と権力
三好孝○〈他者〉との対話−−オクタビオ・パスの死に際して
いいだもも○旭凡太郎著『資本主義世界の現在』
野中柊○[MONAKA通信]ガンモ
久住純○[オフサイド時評]

【11月】グローバリゼーション

姜尚中○グローバリゼーションとポスト現代
J.ヒルシュ○グローバリゼーションとは何か
伊藤誠○グローバリゼーションのもとでの日本資本主義とアジアの経済危機
E.アルトファータ+B.マーンコップ○グローバルな競争、ローカルな競争力
A.リピエッツ○アフター・フォーディズムの世界
B.ジェソップ○グローバリゼーションとその(諸)(非)論理についての考察
A.デミロヴィッチ○川の流れの諸潮流−−グローバリゼーションとフォーディズム型模範国家ドイツの危機
J.ヘーリッシュ○記号の存在と存在の記号(下)
星野智○現代権力論の構図[3]非決定と権力
大澤正道○牛肉文明の末路−−斜眼文明論手控え
金スンオグ○金城武の「やばい」感じ−−映画『不夜城』が触発するもの
究極Q太郎○だめ連の店あかね、あるいは、お店と基地の間
田崎英明○『実践するセクシュアリティ−−同性愛/異性愛の政治学』
荻原魚雷○『となりに脱走兵がいた時代−−ジャテック、ある市民運動の記録』
野中柊○[MONAKA通信]ミスター・コガについて
久住純○[オフサイド時評]

【12月】終らぬ戦後−−現代の争点

加々美光行○植民地侵略戦争と虐殺
川田文子○日本軍の性暴力体質
纐纈厚○日本占領・安保・再軍備
牧野剛○幻の七三一部隊
舟越耿一○「原爆終戦論」が隠蔽したもの
福富節男○「領土」と住民
谷川透○植民地主義の残滓
金靖郎○忘却と棄民
野添憲治○強制連行された朝鮮人・中国人
内田雅敏○日本国憲法の光と影−−憲法制定過程の問題点
田仲康博○「沖縄問題」と「沖縄の問題」
五百蔵洋一○軍票−侵略軍によるの経済破壊
小川武満足○平和遺族会について
内海愛子○朝鮮人・台湾人への賠償はどのように行われたのか
小田原紀夫○「靖国問題」、残された課題
田口裕史○「曖昧な決着」と韓国・朝鮮人BC級戦犯−−「加害者」「対日協力者」とされた被害者たち
菅孝行○「歴史の空白」とされたシベリア抑留
岡崎勝○教科書−今、何が問題か?
名取弘文○「日の丸・君が代」どころじゃないぜ!
稲口仁○日本史という罠
安川寿之輔○戦争責任を放置した戦後民主主義−−再び戦争への道を歩む日本
小山俊士○「東京裁判史観」とは何か
田中伸尚○天皇・天皇制の戦争責任
いいだもも○敗戦後がポスト戦後に残したもの
戸井昌造+酒井敏行○証言・学徒兵と侵略戦争
石川義正○「大きいお友だち」がアニメに群がる理由
野中柊○[MONAKA通信]
久住純○[オフサイド時評]

1999

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【1/2月】フランクフルト学派と批判理論の可能性

清水多吉+仲正昌樹○二つの時代−−近代合理主義批判から次なる地平へ
清水多吉○ハーバーマスとともに
船戸満之○具体的可能性としてのユートピアは見えるのか
仲正昌樹○複製技術時代における脱物象化の可能性−−〈ミメーシス〉をめぐるベンヤミンとアドルノの差異
M.シャーピンク+C.ゲルク○エコロジー危機と社会学
吉田憲夫○抽象的人間労働と「共産主義の第一段階」−−伊藤誠氏の所説に言寄せて
永谷清○ルービン対宇野弘蔵−−1920年代ソ連の価値論争への評価(続)
A.リピエッツ○アフター・フォーディズムの世界(下)
柴田隆行○革命的批判的傍観者フォイエルバッハ
町田哲生○オルタナティブな共同体へ−−ルネ・シェレール『ノマドのユートピア』を読む
星野智○権力論の構図[4]三次元的権力論
浅田光輝○激動の時代とともに[20]
向井雅明○江口幹著『パリ68年5月』
足立智美○声の非同一性に向けて−−ロイヤル合唱団の作業報告
野中柊○[MONAKA通信]交通事故!
久住純○[オフサイド時評]
田邊玲子○[てんてん]ドレスデン再訪

【3月】「大恐慌型不況」とグローバリゼーション−−資本主義の現在

侘美光彦○「大恐慌型」不況とは何か
海野八尋○「グローバリゼーション不況」と経済政策
杉浦克己○世界システムの転換期におけるアメリカとアジア−−グローバリズムとリージョナリズム
長谷部孝司○金融の自由化の意味するもの−−日本版ビッグバンの意義と限界
曽我純○経済の長期停滞と資産バブル−−米大恐慌の教訓
森野栄一○金融のグローバル化とオータナティヴの視点
ハンス・ペーター・クレープス○新自由主義の三重の不幸
高橋洋児○現代世界経済のアポリア−−あるいは生産力過剰論(上)
杉原四郎○『事典』の一つの読み方
大藪龍介○新たなマルクスの全体像を求めて
正木八郎○「伝統的枠組み」への挑戦
渡辺憲正○マルクス再読の現代性
山中隆次○『マルクス・カテゴリー事典』を読んで
伊藤誠○日本マルクス学派の再結集へ
石井伸男○マルクスと二十一世紀との架橋を目指して−−『マルクス・カテゴリー事典』編集雑記
田畑稔○「二十一世紀の根本問題」へむかって
星野 智○現代権力論の構図[5]階級と権力(上)
鈴木和雄○ラディカル・エコノミストによる合衆国経済の病理の分析−−デイヴィッド・M・ゴードン著『分断されるアメリカ』を読む
長谷川靖○伝説と嘘−−ボブ・ディラン『ロイヤル・アルバート・ホール』
小倉虫太郎○糸圭秀実著『大衆教育社会批判序説』
樋口 聡○マティルデ・サンチェス著『チェ・ゲバラ−情熱の人生』
田邊玲子○[てんてん]
野中 柊○[MONAKA通信]

【4月】七〇年−−総括への前梯

高橋順一○〈声〉の季節から〈文字〉の季節へ−−六〇年代の風景と七〇年代の風景
ガイ・ヤスコ○七〇年闘争における「帝国主義」
櫻本陽一○学生、知識人、そして大学−−過去から未来へ
橋本努○闘争する主体−−全共闘から自由主義への思想的継承
高杉公望○全共闘と「革命」像の消失点
上条三郎○学問するノンセクト・ラディカルズ
小松美彦○追想の彼岸と此岸
ジャン=クリストフ・エラリー○「解放」の記憶−−フランス五月革命と六〇年代日本における学生反乱
榎原均○七〇年の総括と新しい社会運動の展望−−二一世紀の社会運動の綱領獲得にむけて
三上治○記憶としての一九六九年
高橋洋児○現代世界経済のアポリア−−あるいは生産力過剰論(中)
姜玉楚○初期グラムシの思想とイタリア南部主義
中野英夫○物象化論と流通形態論
星野智○現代権力論の構図[6]階級と権力(下)
纐纈厚○天野恵一著『反戦運動の思想』
竹野伸博○清沢洋著『夢への旅路 ボランティア−−高校生がネパールに学校を建てた』
久住純○[オフサイド時評]
田邊玲子○[てんてん]

【5月】文化における階級闘争−−カルチュラル・スタディーズの現在

崎山政毅+上野俊哉○カルチュラル・スタディーズの現在]
小笠原博毅○「カップの底のお茶っ葉」−−階級の言説性(discursivity)について]
毛利嘉孝○「教育」のプロジェクトとしてのカルチュラル・スタディーズ]
アンジェラ・デイヴィス/酒井隆史訳○アメリカ合州国における人種、階級、ジェンダーについての考察]
渋谷望○反転する公共圏−−ポストモダンと人種主義]
上野俊哉○アフェクティヴな連帯を探して]
矢部史郎+山の手緑○負債とファシズム]
野崎六助○〈文化研究〉の一つのモデルのために−−サイード、スピヴァクとジェーンシュッツ、クーンツをめぐって]
北小路隆志○反「到着」の物語−−エスノグラフィとしての小川プロ映画]
小倉利丸○サイバースペースにおける階級と文化
ジョルジョ・バラッタ/石堂清倫訳○「アメリカニズムとポストフォーディズム」時代のヘゲモニー闘争]
高橋洋児○現代世界経済のアポリア−−あるいは生産力過剰論(下)]
星野智○権力論の構図[7]匿名の権力−−M・フーコーと権力]
田邊玲子○[てんてん]
野中柊○[MONAKA通信]

【6月】精神分析のポリティクス−−理論の経験 社会学の脱構築

樫村愛子○近代社会/社会学の解体と精神分析
内藤朝雄○精神分析学の形式を埋め込んだ社会理論−−「いじめ」を典型的な例題として
浅野智彦○精神分析・家族療法・社会学
出口剛司○二つの文化社会学のはざまで−−社会学の精神分析経験
中野昌宏○社会と精神の分析学−−その方法と展望
田崎英明○精神分析と遂行中断性
堀江宗正○集合的記憶の精神分析−−証しする身体のポリティクス
周藤真也○「権力の死」の後に
酒井隆史○フーコーと精神分析
スラヴォイ・ジジェク/今野晃[訳]○仮想されたイデオロギーの主体
スラヴォイ・ジジェク/梶理和子[訳]○虚構と幻想の間のイデオロギー
星野智○現代権力論の構図[8]システムと権力
田邊玲子○[てんてん]
東琢磨○なぜ、ブラジルなのか−−恣意的に選択される「世界音楽」/投影される「国民国家」

【7月】資本と国家への対抗運動

柄谷行人○資本主義への対抗運動
大内力○現代資本主義の危機と主体の喪失状況
ボブ・ジェソップ/中馬祥子訳○戦後マルクス主義思想における「国家」
ジェフリー・ベニングトン/山下範久訳○歴史の要求
ウーヴェ・C・シュタイナー/仲正昌樹訳○存在と仮象、時間と書字、現在性と不在性−−リルケの『太古のアポロンのトルソー』をデリダの『グラマトロジー』で読む
金昌禄○「下関判決」−−韓日間の過去清算問題の新しい局面
猪狩一広○ミヒャエル・エンデの詩的な物質主義批判(メルヘンによる闘争[1])
さらぎ徳二○革命に生きる[4]
岩田昌征○ユーゴスラヴィア空爆とミロシェヴィチの事実−−NATOは何を狙っているのか
星野智○現代権力論の構図[9]コミュニケーションと権力
田邊玲子○[てんてん]

【8/9月】二十世紀後期のマルクス主義

山下範久○ウォーラーステイン−−ジオカルチュア論による再導入
仲正昌樹○アルチュセールとデリダ−−二つのマルクス読解
ジュディス・バトラー/伊吹浩一訳○「良心がわれわれみなを主体にする」−−アルチュセール
小倉利丸○物語なき主体の革命性−−ネグリによるポストモダンへの応答
粉川哲夫○マルクス主義の笑い−−ポール・ピッコーネ
湯川順夫○エルネスト・マンデルのマルクス主義の遺産−−国際シンポジウム報告
渡辺雄三○多元的・多系的社会発展論のために−−サミール・アミン
デミロヴィッチ/古賀暹・仲正昌樹訳○市民的民主主義−歴史的妥協?−−プーランザスの国家理論を考察する(上)
山崎カヲル○マルクスと吸血鬼幻想(上)
大石りら○新しい世界秩序が生んだ怪物と戦争とマス・メディア−−コソボ戦争についてのハーバーマスの論文「獣性と人間性」とジジェクの論文「二重の恐喝」への時事的コメント
星野智○現代権力論の構図[10(最終回)]世界システムと権力
田邊玲子○[てんてん]

【10月】都市・環境・モダニティ

池田寛二○環境危機とモダニティのゆくえ
川崎賢一○シンガポールと情報文化−−もう一つのモダニティ
寺田良一○環境問題、環境運動と社会的公正
藤田弘夫○都市と環境−−モダニティとアーバニズム
舩橋晴俊○二つの水俣病における政治システムの閉塞と情況化
若林幹夫○都市・環境の近代と社会の現在
武家利一○コソボ戦争の悲劇
石塚正英○〈停止〉から〈持続可能〉へ−−杉原四郎著『ミル・マルクス・エンゲルス』を読む
ヴィルヘルム・シュミット/小林敏明訳○生の技法の復権−−ポスト・フーコーの哲学
水溜真由美○出家の論理−−吉本隆明における〈他者〉の位相
仲正昌樹○貨幣空間[1]ゲーテと近代の錬金術
猪狩一広○メルヘンによる闘争[2]ミヒャエル・エンデの詩的な資本主義批判
千葉眞○稲葉振一郎著『リベラリズムの存在証明』
小林敏明○牧野剛著『されど予備校』/竹国友康著『ある日韓歴史の旅』
田邊玲子○[てんてん]

【11月】物象化・批判理論−−そして情況の三十年

清水多吉○フランクフルト学派とわが情況
大庭健○意味と価値−−物象化の二つの相
吉田憲夫○宇野経済学方法論と廣松物象化論
野家啓一○廣松物象化論と現代科学論
ヘルベルト・マルクーゼ○全体主義時代の芸術と政治−−アラゴン小論
シュテファン・ブントシュー○芸術と政治の関係−−ヘルベルト・マルクーゼ、四〇年代のテーゼ
的場昭弘○アルチュセールとマルクス−−「沈黙」と「不在」、そして生きられたマルクス
山本哲士○政治理論の地平[1]都市/国家/空間の政治理論
アレックス・デミロヴィッチ○市民的民主主義−歴史的妥協?−−プーランザスの国家理論を考察する(下)
仲正昌樹○貨幣空間[2]貨幣の社会記号論−−『経哲草稿』から『経済学批判要綱』へ
山端伸英○国境マキラドーラのメキシコ
平井玄○百年を飛びこえる−−平岡正明『黒い神』
ハイデッガー他著/清水多吉編『一九三〇年代の危機と哲学』 ルドフル・ヘス著/片岡啓治訳『アウシュヴィッツ収容所』 田邊玲子○[てんてん]
高橋道郎○東チモール解放へ−−連帯運動の二十年

【12月】ブルデュー−−参加する社会学

ピエール・ブルデュー○政治的代表=表象−−政治界に関する理論の諸要素
小澤浩明○日本における社会階級・社会問題研究とブルデュー社会学理論
櫻本陽一○自律性と参加−−学的アヴァン・ギャルドとしてのブルデュー社会学
フレデリック・ルバロン○知的復古としての「新自由主義革命」
ピエール・ブルデュー+石崎晴己○『世界の悲惨』から国際的社会運動へ
加藤晴久○ブルデュー社会学の「汎用性」
石塚良次○鎌倉孝夫氏による廣松理論への批判を読んで
惣那敬三○中村氏による批判をめぐって
槌田敦○JCO事故:原発の事故なら、まず、逃げろ−−安全委と核燃の“無責任体制”を告発する
高橋道郎○シャナナ・グスマオンという指導者
猪狩一広○メルヘンによる闘争[3]ミヒャエル・エンデの詩的な文化崩壊批判
仲正昌樹○貨幣空間[3]経済学批判のアポリア:物象化と記号
田邊玲子○[てんてん]

2000

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【1/2月】〈政治/主体〉の転換?

小阪修平○市民社会という環境
高杉公望○未来ノ為ニ我々ノ為ニ……−−政治主体論の概略への試み
松井暁○今日の市民社会論と管理社会論−−主体の自発性と自律性をめぐって
小倉利丸○ノマドの権力と主体の再構成
三上治○政治という森のなかで
糸圭秀実○68年革命における政治と主体
小倉虫太郎+究極Q太郎+アルバート+矢部史郎○後期資本主義社会において抵抗の主体とは?
菅孝行○摩耗する国民国家−−それでも権力は猛威をふるう
日山紀彦○「逆倒」論を物象化論を視軸として読む−−廣松「価値形態論」の批判的展開のために
フォルカー・カイザ/小林敏明訳○性の製造−−東独スポーツ管理、その後
三宅芳夫○いま、サルトルを読むということ
仲正昌樹○貨幣空間[4]ゾーン=レーテルの社会的存在論:貨幣と〈認識〉の条件
櫻本陽一○アントニオ・ネグリ著『未来への帰還 ポスト資本主義への道』
八柏龍紀○南京事件調査研究会編『南京大虐殺否定論13のウソ』
田邊玲子○[てんてん]

【3月】マルクスをどうする?−−二十一世紀の思想と運動への前哨

内田弘○現実概念としての世界史
米谷匡史○マルクス主義の世界性とコロニアリズム
姜尚中○「アジア的」あるいは「日本的」という問題−−国民国家の地政学とマルクス
内田弘+米谷匡史+的場昭広○オリエンタリズム批判の提起するもの−−マルクス主義の普遍性をめぐって
的場昭広○マルクスにこれから何を読むか−−シンポジウムを振り返って
鈴木啓史○十九世紀のAssociation理論の現代的意義
伊吹浩一○アルチュセール・イデオロギー論、そのマトリックスと帰結するもの
森野栄一○補完通貨と貨幣利子批判の論理−−マルクスと貨幣理論
塩沢由典○マルクスとマルクス主義に欠けていたもの
長原豊○〈卑賎な者たち〉は近代を恐怖に陥れる〈多数性〉である−−アントニオ・ネグリ『構成的権力−−近代のオルタナティブ』
矢野善郎○日本のヴェーバー研究の今日的課題...シンポジウム「マックス・ヴェーバーと近代日本」を振り返って
中村健三○廣松的「学知」の前提と帰結
高橋道郎○東ティモール言語研究所の設立−−二〇〇〇年元旦第四回テトン語国際会議の結論
山本和彦○三島由起夫の「行動者の倫理」−−死・天皇・共同体
仲正昌樹○貨幣空間[5]貨幣に潜む超越論的主観性:『否定の弁証法』への道
岩崎稔○右からの大学解体−−国立大学の独立行政法人化
田邊玲子○[てんてん]

【4月】教育学の政治空間−−アイデンティティ・公共性・権力

佐藤学○教育改革における新自由主義のレトリック
広瀬裕子○膠着するフェミニズムと教育における社会責任
早川操○越境教授学の挑戦−−H.ジルーによる公共的知識人育成の教育理論
田中智志○教育にたいするテロリズム−−フーコー権力批判のアポリア
マイケル・W・アップル○権力・意味・アイデンティティ−−アメリカ合州国の批判的教育社会学
柳沼良太○ローティ教育論とポリティックス−−ネオ・プラグマティック・アプローチ
西口正文○教師であること−−その問題化の可能域
熊野純彦○物象化論と弁証法[1]差異の始原−−〈はじまり〉について
アンドレア・マイホーファー○性差‐差異の承認の回路をさぐる
仲正昌樹○貨幣空間[6]〈亡霊〉としての貨幣:デリダからマルクスへ
高橋道郎○東ティモール日本文化センター最初の仕事−−草の根「東ティモール言語研究所」の設立
町口哲生○大越愛子・志水紀代子編著『ジェンダー化する哲学』
田邊玲子○[てんてん]

別冊

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【92年9月別冊】現象学―越境の現在

廣松渉+野家啓一+高橋哲哉○現象学の臨界
B・ヴァルデンフェルス=丸山徳次○現象学とマルクス主義の緊張の場における社会哲学
山形頼洋○現代フランス哲学と志向性を拒否した現象学
貫成人○語りの現象学は可能か
那須壽○現象学と社会学―社会学の「基礎づけ」の諸層
青山治城○「法の現象学」とは何か
滝浦静雄○超越論的なものとしての倫理
魚住洋一○仮面舞踏会の中の〈私〉
谷徹○形而上学と外在性―偏時間性の夢が見果てられるとき
斎藤慶典○国家と他者――ホッブスとレヴィナス――あるいはコーナートゥスをめぐって
丸山高司○ディルタイからみたフッサール
門脇俊介○ハイデガーと志向性―現象学的行為論のための一章
村田純一○指示と意味―志向性の諸形態
E・ホーレンシュタイン=村田純一○人間の表象と機械の「表現」

【94年5月臨時増刊】廣松渉の世界

木前利秋○事的世界観とマルクス−−物象化論の行く末
小林昌人○廣松哲学とマルクス主義
山本耕一○廣松渉とマルクス主義国家論の新地平
見田宗介○ZYPRESSENの存在と意味
降旗節雄○廣松理論と『資本論』の方法
浅見克彦○労働価値説と「四肢構造」論−−廣松哲学はマルクス価値論の構図におさまりうるか
吉田憲夫○廣松渉氏の貨幣論をめぐって
勝守真○変位と物象化――廣松四肢構造論の脱構築的読解
村上陽一郎○科学哲学と廣松渉
古谷公彦○役割論の新展開−−相互主体性と能動的編成
山田友幸○理由は行為を説明しうるか−−廣松AI論に言寄せて
熊野純彦○体系的な思考は〈実践〉にとってなにを意味するか?
大澤真幸○原罪論
高橋洋児○フュア・ウンスとは何か−−批判的認識の方法をめぐって
竹村喜一郎○弁証法の問題構制
野家啓一○「物象化論」の歴史哲学的地平
高橋順一○ポスト近代におけるマルクスの意味−−言説=理論革命の準拠点としてのマルクス

【96年5月別冊】日本の古代をひらく

平川南○古代史の新生−−歴史学の閉塞と今日の課題
武末純一○吉野ヶ里と弥生社会
広瀬和雄○古墳時代の首長と農民
和田晴吾○見瀬丸山・藤ノ木古墳と六世紀のヤマト政権
福原栄太郎○長屋王家木簡研究の現状と課題
大平聡○都市平泉と奥州藤原氏
神野志隆光○古代文献研究からの提起
米谷匡史○律令国家の王権神話
奥村悦三○書くものと書かれるものと−−日本語散文の表現に向かって
遠山一郎○柿本人麻呂の歴史的位置
藤原良章○穢忌避観念の発達と身分制
義江彰夫○浄土信仰の日本的展開

【98年7月別冊】『共産党宣言』と革命の遺訓−−一八四八年革命百五十周年からの照射

村上俊介○一八四八/四九年の労働者−−過渡期のゲゼレとHandarbeiter
高草木光一○一八四八年革命と共産主義−−E・カベの思想と行動を中心に
的場昭弘○フランス社会主義と『共産党宣言』−−コンシデランの『民主主義宣言』をめぐって
柴田隆行○共産主義と社会主義
滝口清栄○共産主義者同盟と『宣言』−−K・シャッパーの功績
小林昌人○『共産党宣言』における「党」と「結社」−−固有名詞でない「共産党」の位相
田中ひかる○『共産党宣言』とアナーキズム−−アナーキストにとっての革命とユートピア
植村邦彦○『共産党宣言』と「民族」の問題
吉田憲夫○『共産党宣言』における資本主義批判の位相
篠原敏明○『共産党宣言』とエンゲルスの「個人的所有」理解の問題
岡田和彦○ネップはどこへ−−市場社会主義の経済的問題
田畑稔○『共産党宣言』とアソシエーション論的転回
石塚正英○『宣言』とユートピア社会主義
星野智○世界システム論から見た『共産党宣言』−−マルクスとウォーラーステインの接点
杉原四郎○『宣言』の恐慌論
伊藤誠○『共産党宣言』一五〇周年−−パリ集会報告集から
降旗節男○『共産党宣言』の歴史的位置について
いいだもも○『共産党宣言』一五〇周年を記念して(テーゼ風に)
大澤正道○やっぱり共産主義は妖怪だ!
さらぎ徳二○私のインタナショナル
浅田光輝○国禁の書『共産党宣言』
栗木安延○『宣言』の歴史的意義と限界
松田政男○『宣言』までの回り道

【99年4月別冊】現代社会学の最前線[1]二〇世紀社会学の知を問う

西原和久○序・社会学理論への新たな問い−−企画の目的と構成
桜井洋○マルクスと現代社会学
景井充○デュルケム集合意識論の現在的課題−−共同態に基礎付けられた公共的社会空間という問題
宇都宮京子○マックス・ヴェーバーの行為論
早川洋行○ジンメルの交換論
前田征三○初期シカゴ学派とクーリーの社会学
森田数実○フランクフルト学派と第一世代とホルクハイマー
今野晃○理論について/実践について−−アルチュセール・イデオロギー論再考
重田園江○ミシェル・フーコーにおける知と権力
友枝敏雄○パーソンズと社会システム論
菅野博史○近代社会の自己記述は可能か?−−ニクラス・ルーマンのオートポイエーシス的社会システム理論
中馬祥子○世界システム論の革新性の中心−−「人間開発」批判の文脈で
数土直紀○イギリス社会学とギデンズ
栗原孝○ドイツ社会学とハーバーマス
鈴木健之○アメリカ社会学とアレクサンダー
石塚省二○東欧の社会学−−世界社会学の宝庫
中島祝○中国の社会学

【99年12月別冊】現代社会学の最前線[2]現代社会学のトポス:社会空間への問い

山本哲士○現代政治理論の地平
木畑壽信○権力論の中心問題−−問い・方法・言語
西原和久○制度論:序説−−社会学における〈制度の発生論〉のために
品田知美○〈労働〉の贈与/unpaid work概念の成立
早川洋行○貨幣論
鈴木秀一○企業論−−官僚制企業の成立と終焉
藤田弘夫○都市論−−光と闇の歴史社会学
植木豊○「国民国家の動揺」と空間の噴出
町村敬志○グローバリゼーションの社会学−−想像力からリアリティへ
石塚省二○六八年パリ五月革命の社会学−−『ポストモダン状況論』の端緒として
干川剛史○情報社会論再考
山嵜哲哉○もう一つの社会空間−−匿名的親密性という視点から
好井裕明○「エスノメソドロジーの権力分析の第二章」に向けて−−“差別の日常”という主題
佐野正彦○逸脱論−−はたしてレイベリング論は充分に受容されたのか
汐見稔幸○ニヒリズムと教育−−二重化された少子化問題というプロブレマティーク
酒井隆史+道場親信○「帝国」へのまなざし−−カルチュラル・スタディーズをめぐる地政学
イルヤ・スルバール/森 元孝訳○生活世界は、安全確実な場か−−生活世界概念の生成と意義
店田廣文○エジプトの社会学
佐藤章○アフリカの社会学−−表象の「アフリカ」、エスニシティー、回帰性
アンジェロ・イシ○社会学者が大統領に就いた国−−ブラジル人研究者が抱えるジレンマ

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